日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0504
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要旨
東日本大震災の死亡・行方不明者の地理的分布と年齢構造からみた避難行動の推定
岩手県下閉伊郡山田町の事例
*阿部 隆
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抄録

岩手県山田町の死亡・行方不明者の詳細な住所、建物被災状況、建物用途現況、津波浸水範囲、被災前の住宅地図を利用して死亡・行方不明者が住民登録をしていた住家の位置と被災状況を特定し、それを地区別、建物被災状況別、年齢別、死亡・行方不明者数別に整理することによって、死亡・行方不明者の避難行動を推定した。その結果次のような点が明らかとなった。

1、死亡・行方不明者発生の1住家あたりの死亡・行方不明者数が地区によって大きく異なっている。津波浸水範囲外の豊間根・荒川地区は1.0であり、その一部が浸水範囲となっている、長崎・飯岡地区も1.2以下である。 これに対し、中心市街地に隣接する北部の柳沢地区、南部の境田町ではそれぞれ1.50、1.63という値である。複数の死者・行方不明者が同一の住家から発生した状況をその性別や年齢から推定すると、高齢の夫婦、あるいは高齢の父あるいは母とその子供あるいはその配偶者(40代、50代)が共に罹災するというかたちが多かった。避難できない、あるいは避難しようとしない家族がいたことが、複数の死者・行方不明者の発生につながったと考えられる。

2.建物被災状況別の死亡・行方不明発生率では、山田町全体としては、住家が「流失」した場合の発生率が最も高く、住家が「大規模半壊以下」である場合の約4倍となった。しかし、全壊家屋の中でも、被災程度が小さいと判定された住家の方が発生率が高かった地区もある。例えば、柳沢地区と中央町では、「撤去」と判定された住家での発生率が最も高く、北浜町、織笠地区では、「条件付き再生可」と判定された住家での発生率が最も高かった。これは、より堅固で流失しなかった住家からの避難が遅れたことを示唆している。

3.山田町では、北部では関口川、中心部では西川、南部では織笠川という小河川が小規模な沖積低地を形成し、その上に市街地が形成されているが、低地部分は、ほとんど高度差がなく、背後の丘陵地に接する部分のいわゆる「山際」まで強い津波流が到達し、「山際」においても浸水範囲内の家屋の大部分が「流失」している。また、中心部西部の八幡町では、「撤去」判定の住家よりも海岸から遠い西部の住家が「流失」と判定されるなど、海岸からの距離と建物の被災状況との間に不整合がみられる。このことがどのような要因で生じたのかについては、津波火災の影響などもあり、未だ不明な点であるが、織笠地区や八幡町、境田町などでは、海岸あるいは河岸から離れた「山際」の「流失」住家で多くの死者・行方不明者が発生しており、このような場所で避難行動が遅れたことを示唆している。

4.船越東部の船越小学校周辺の小谷に形成された住宅地で、多くの死者・不明者が発生している。この地域での避難行動の詳細は不明であるが、約10mの高さの防潮堤とその背後に立地していた水産加工などの工場群が標高10mから20m付近に立地していた住家から海面の状況を見ることを妨げ、いわゆる「危機感のスイッチ」が入ることを遅らせ、多くの死者・行方不明者を出すにいたったとの証言が得られている。



次に、山田町の死者・行方不明者の年齢構成と2010年の山田町の年齢別人口構成との比較から、年齢階級別死亡率を算出し、岩手県全体の人口動態から得られた、年齢階級別死亡率との比を算出してみると、全体的には、0から4歳の階級が高く、高齢になるにしたがって低くなる傾向を認めることができる。高齢者は確かに死亡者数は多いが、通常死に比較して異常に死亡率が高くなった訳ではない。また、女性については、15~19歳、30~34歳、45~49歳、男性については、15~19歳と30~34歳において、死亡率が前後の年齢階級に比較して高かったことが認められる。このような変化を示す理由については、母集団が小さいため、他の被災地でも調査が必要であるが、男女ともに同様の傾向を示しているということは何等かの理由があると考えられる。すなわち、30~34歳の年齢階級は、0~4歳の幼児の両親の年齢階級に相当し、子供を助けるために親も死亡した場合があると考えられる。一方、45~49歳の女性は、前述のように、高齢者と一緒に居住していることが多く、高齢者を救助する行動が死に至ったことも考えられる。一方、15~19歳については、家族と一緒に被災したと思われる場合が多いという特徴がある。

今後の検討課題としては、死亡・行方不明者の地理的、人口的特徴から類推されるその避難行動について、近隣住民などからの聞き取りによって裏付けていく必要がある。また、津波火災からの避難行動には、津波からの避難行動とは、異なる地理的、人口的特徴があると考えられるため、その詳細を明らかにしていく必要がある。  

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