抄録
1. はじめに 国土地理院の基盤地図情報など,詳細な数値標高モデル(DEM)が整備・公開され,地形研究での利用が進みつつある。DEMの利用は2007年の地理空間情報活用推進基本法の施行により急速に進んだ。これらを使った実体視可能なステレオ画像により,空中写真による地形判読では認識が困難であった変動地形が抽出されるようになった(後藤・杉戸,2012;Lin et al.,2013など)。活断層の地形を把握する主要な資料が空中写真から数値地形データに転換しつつあり,1960年代に地形図から空中写真に変わったのと同様の手法的な新展開となっている。 2013年11月に国土地理院から5m間隔のDEMが広範囲に整備,公開されたのを受け,後藤(2014)は,国土地理院整備の5m間隔および10m間隔のDEMと後藤(2013)で作成した海底のDEM(約1秒間隔:約30m間隔)を用いて,現在,公開されている地形データを使った最も詳細な日本列島と周辺海域を統合した詳細地形アナグリフを提示した。また,これらを用いた変動地形学的な地形判読結果について,後藤(2014;2015)などで公表してきた。 本研究では,これらの画像の概要や作成方法について改めて紹介する。また,我が国で最も広い海成段丘地形の発達する地域の一つである下総台地を対象に行った地形判読によって新たに認識された変動地形について報告する。これらにより関東平野の活構造研究への新たな仮説の提言とDEMのステレオ画像判読を用いた地形研究の普及を目指す。 2.作成方法と概要 本研究では,国土地理院整備の5m間隔のDEMとその不足地域においては10m間隔のDEMを用いて,フリーウエアのSimple DEM Viewerに読み込み,地形アナグリフを作成した。地形表現には傾斜角をモノクロで表現したものに,陰影表現を補助的に加えたものとした。微細な地形を読み解けるよう傾斜角5度以下の小さな起伏が強調されるように設定し,過高感(垂直倍率)を大きくした画像を作成した。関東平野南部が1枚で判読できる程度の広い範囲(20万分の1地勢図の4図郭分)の画像を作成した。 この画像により,海成段丘の平坦面を広域的に対比でき,平坦面のわずかな起伏を明確に捉えることができるようになった。広域的に分布する下総台地の変形をこれまでよりも詳細に検討できた。 3.下総台地の変動地形 下総台地は関東構造盆地の海湾(古東京湾)に堆積した下総層群からなり,関東造盆地運動の影響を受けながらも太平洋側に向かって高くなる特徴を有する。より細かく見れば,東京湾北東縁に沿った東京湾北縁撓曲帯やそれにほぼ並走する習志野隆起帯,それらと直交する向きの北北東—南南西方向で房総半島の北延長のように延びる八街隆起帯などの変形が知られている(貝塚・松田,1982;杉山ほか,1997など)。 本研究で作成した地形アナグリフでは,これらの地形を1枚の画像で容易に認識することができた。東金付近以南の房総半島では太平洋側から東京湾に向かって北~北東への傾動が顕著であり,九十九里浜方向に流下する河川による争奪地形の連続が確認できる。東金付近より北東の下総台地は波長20km程度の背斜状の変形(八街隆起帯)が認められ,四街道付近から北西には習志野隆起帯の変形と考えられる東京湾北縁方向の南西への傾動が認められる。 一方,これらの隆起帯の接合部付近から習志野隆起帯の南東部の隆起軸付近にかけて,北北西—南南東~北西—南東方向に湾曲した分布をなす南西落ちの低崖が数条,断続的に約30kmにわたって延びているのが新たに認められた。いずれもMIS5eに対比される下総上位面(杉原,2000)に認められ,低断層崖と考えられる(千葉断層系と呼ぶ)。この断層崖の比高は5m程度で,いずれも東京湾側に階段状に低下している。断層崖を挟んで隆起側よりも低下側の変形が顕著にみえ,正断層による地形と似た形態を示す。 千葉断層系は,東金以南の房総半島の傾動と八街隆起帯,習志野隆起帯の境付近に分布し,大局的には東京湾の北東縁を囲むように弧状に分布している。これらの特徴から,千葉断層系は,東京湾造盆地運動を含め,変形様式が大きく変化する複雑な地質構造の場所に発達した裂け断層(tear fault)の可能性がある。 関東平野の活構造については,第四紀層やローム層が厚いこと,人工改変が早くから進み,調査が容易でないことなどから理解が進んでいない。従来の手法に加え,ステレオ画像などDEMを用いた検討の推進が必要と考える。 ※科学研究費補助金(25350428)の一部を使用した。 【文献】貝塚・松田1982内外地図;後藤2013;2014;2015広島大学文学研究科論集;後藤・杉戸2012 E-journal GEO;杉原2000「日本の地形4」;杉山ほか1997活構造図「東京」(第2版);Lin et al. 2013 Geomorphology