日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P092
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要旨
ニュージーランドにおけるブドウ栽培と環境保全
*田上 善夫森脇 広稲田 道彦
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抄録

Ⅰ 近年の環境と生産の変化
日本国内でも水稲をはじめとした農産物の生産が減少しているが,ニュージーランドでも羊頭数は,1982年の7,030万頭から2004年には3,902万頭まで減少している(Statistics New Zealand)。そうした主要な作物・家畜の減少は,景観,人口,社会,文化の変化につながり,地域における適切な対応を必要としている。地域の環境を保全しながらの持続的な発展は,現在の地球規模での環境の変化の中で,とくに多方面からの多面的な分析を必要とする。環境保全,持続可能を重視した多くの取組が進められているニュージーランドにおいて,その実態や成果を明らかにする。

Ⅱ ブドウ栽培の拡大
20世紀末以降に,ニュージーランドで急速に生産が拡大しているものの一つがブドウ栽培である。そこではサステイナビリティ,エコ,オーガニック等々が強調されている。ニュージーランドの農地は草地・放牧地を主とし,穀物,野菜,果樹栽培地が続くが,ブドウ栽培面積は2006年の22,616haから,2015年には35,859haまで急増した。降水量の少ない東側を主に,北島の中部以北での減少を除いて南島南部のオタゴ地方まで増加が著しく,とくに南島マールボロー地方では,2015年に23,203haに達した。
栽培種は全国では,ソーヴィニヨンブランが2006年以降の増加が著しく20,266haと圧倒的で,ピノノワールが続き,3位のシャルドネは減少の一方で,4位のピノグリの増加が著しい。栽培種は,北部から南部へとより低温に適応する品種が選ばれており,近年の輸出はとくにドイツ,オランダに向けて増加しているが,ニュージーランドはワイン生産地としてとくに高緯度に位置していることがかかわると考えられる。

Ⅲ ワイナリーと観光
ブドウ栽培と並行してワイナリーの数も2006年以降に急増している。ワイナリーは西部地域を除いて全国にあり,北島のオークランド,ホークスベイ,南島のマールボロー,オタゴ周辺にはとくに多い(図)。ワイナリーの数は,北島では2010年以降に減少するが,南島では増加を続けている。
ワイナリーではブドウ栽培,ワイン醸造に加え,テイスティング,レストラン,ツアー,ステイ,ウェディング,ガーデン,ギャラリーなどが用意される。栽培・醸造の高度な技術の上に立ち,さらに周辺の施設を組み合わせることにより,観光の多様な需要に対応する。観光パンフレットやネットでの案内は,遠近からの集客につながり,ワイン生産に観光を介して高度に価値が付加されていると考えられる。

Ⅳ 環境保全と持続可能性
広域を占める牧草地には大型散水装置も備えられるが,乾燥が適するブドウには不要であり,環境負荷が軽減される。また水はけのよい傾斜地にも育ち,農地の大規模改変も不要で,低い垣根栽培のため,大型機械も適さない。またブドウの収穫や発酵は短期間に労働が集中するため,大規模経営は困難な面がある。
ワインでは地域性や個性が重視され,併設のレストランで地元食材も加えた独自色のあるところに,多くの人が集まるようすがみられる。郊外のブドウ園に都市部からまた国外からの客が訪れるが,生産者と消費者,さらに外国人との結びつきは,近年の観光の流れに沿う。作物の収穫に続き新酒の祭は,観光のピークであり,生産は観光の大きな要素である。
ブドウ栽培の近年の変化は,大型化・機械化の単一栽培から,高度の技術・管理,多様で複合的な生産へのシフトとみられる。そこでは景観や健康もかかわって,環境保全は大きな要素である。観光客の来訪は,栽培・醸造の季節以外にもわたるため,地域の持続可能の大きな要因となり得る。すなわち近年の変化には,開発途上国との競争や地球環境の変化などが背景にあるが,環境保全と持続可能性への地域的対応に基づいている。ただし新たなワイナリーの展開には,ニュージーランドの随所にみられる英国風の文化とはやや異なるところもある。
本研究の調査は,科研費基盤研究(B)『ニュージーランドにおける環境保全とそれに配慮したサステイナブルな観光に関する研究』により行った。

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