日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1201
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要旨
山岳地域における資源利用と観光化
ヒマラヤ・ヨーロッパ・日本
*渡辺 和之
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抄録

山岳地域の資源利用に似たような慣行があることは古くから知られてきた。アルプスやヒマラヤのような山岳地域では、厳しい自然環境のなかでは農業だけで食糧を生産するには限界がある。このため農業・牧畜・森林利用が一体となった資源管理の方法が維持されてきた。 
発表者は、エベレスト山麓における資源利用を中心とした山岳地域の文化をみることを通して世界の山岳文化が見えてくると考えている。「山高きゆえに尊からず」とはいうが、やはり山が高いと裾野も広くなる。このため、エベレストを見ることで日本の山々も見えてくると考えている。
以下では、発表者が「エベレストモデル」と呼ぶ視点について、①自然環境の利用、②生業と観光化、③共有資源の管理の3点から説明したい。
①自然環境の利用。
高いい山には氷河がある。アルプスやヒマラヤでは氷河の融解水を利用した灌漑農業があること、近年地球温暖化で氷河が縮小する傾向にあることが報告されてきた。だが、温暖化で縮小した氷河はヒマラヤでは大氷河に限られることはよく知られている。また氷河の融解水に依存する地域はカラコルムのような極度の乾燥地帯に限られる。水系全体で考えると、河川の最上流地域だけであり、湿潤なエベレスト山麓では、農業用水のほとんどがモンスーンによる天水に依存しているといっても過言ではない。
②生業と観光化。
アルプスやヒマラヤでは、移牧や有畜農業など、農業・牧畜・森林利用は一体となってつながっている。また、草地は家畜の放牧だけではなく、野焼きで草地を育成し、家畜の飼料や屋根を葺く茅の生産地として利用されてきた。現在では、農業や牧畜以外の選択肢も多くなり、観光客向けの山小屋を経営する人も多くなったが、この山小屋は放牧小屋から発展した側面がある。
③共有資源の管理と地域社会。
住民が家畜の放牧や森林利用の場とする草地や森林は共有地となっていることが多い。各村々では、集落の背後に広がる谷を共有地として管理し、家畜の放牧や森林利用のために利用できる場所が決まっていた。農地を購入すると、森林利用の権利や維持管理のための義務が付いてくる。逆に信頼できない外部者に畑や森林を売らなかった。
共有資源の管理は祭事や儀礼とも連動している。エベレスト山麓では、解禁日まで家畜を連れて高山草地に入ることができず、違反者には罰金が科せられた。また、夏の高山草地では氷河湖で沐浴する祭りがあり、この祭りの時には仏教徒もヒンドゥー教徒を問わず大勢の巡礼がやってくる。
このような自然環境の利用・生業と観光化・共有資源の管理が密接に関わる文化はアルプスやヒマラヤのような高地に限定されるものではない。富士山麓のすそ野のような低地でも似たような文化が存在する。本シンポジウムでは、本報告が世界の山岳地域にどこまで適用できるのか議論してみたいと思う。

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