日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P026
会議情報

要旨
梓川上流域における斜面発達過程と植生動態
*高岡 貞夫苅谷 愛彦
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに<BR> 地すべり(広義)の地生態学観点による従来の研究では、地すべり地に形成される特有の土地的条件と対応した植生の分布構造が明らかにされてきた。このようなとらえ方に、地形および植生の形成年代に関する情報を合わせれば、地形と植生の動的な関係に関する理解が進むものと期待される。本研究では梓川上流域の玄文沢および善六沢流域を対象とし、植生調査とともに年輪試料の採取や堆積物中の放射性炭素の年代測定を行うことによって、地すべりに伴う地表変動が山地の植生動態にどのようにかかわっているのかを検討した。<BR>   2.対象地域の地形と植生<BR> 玄文沢および善六沢流域では滝谷花崗閃緑岩がほぼ全域を占めているが、稜線上などの一部に割谷山溶岩がみられる。標高約2100m以上は化石周氷河性斜面と考えられる平滑斜面や開析を受けていない緩斜面からなり、これらの斜面には岩盤の重力変形によると考えられる線状凹地や尾根向き低崖が多数存在する。標高約2100m以下は地すべりによって開析された斜面が卓越し、玄文沢・善六沢が梓川の氾濫原に達する場所には沖積錐が発達する。森林限界は標高約2400mにあり、その上方にはハイマツ低木林、下方にはシラビソ、オオシラビソ、コメツガの優占する常緑針葉樹林が成立している。常緑針葉樹林帯の上部では線状凹地に低木林、高茎草原、湿原および池沼が出現するところがある。また、大規模な地すべり地形が明瞭に残る場所ではカラマツの優占する林分がみられる。不明瞭ながら地すべり地形が認められる場所にはサワグルミ、カツラなどの広葉樹が林冠層を構成する林分が認められることがある。沖積錐にはタニガワハンノキ林がみられるほか、ウラジロモミやハルニレの優占する森林が発達する。<BR>   3.地すべり地における植生遷移<BR> 玄文沢上部左岸の地すべり地(面積約1.2×10<SUP>5</SUP>m<SUP>2</SUP>)では、林冠層にカラマツが優占する林分が滑落崖に形成されており、年輪試料によると林齢はおよそ200年程度と推定される。下層にはシラビソが優占するので、いずれはカラマツが林冠層の優占種になっていくと考えられる。地すべり移動体には林冠層にシラビソ、オオシラビソが優占する林分がみられるが、地表を巨礫が覆う場所ではトウヒの優占度が高い。このトウヒ優占林の下層にはシラビソ、オオシラビソの稚樹が多く、トウヒの後継樹は極めて少ない。トウヒ優占林は過去の攪乱によって成立したものと考えられ、地すべり等の攪乱がなければ、シラビソ、オオシラビソ優占林に遷移していくと考えられる。<BR>   4.沖積錐における植生遷移<BR> 沖積錐では新しい土石流跡地にタニガワハンノキ林が成立し、時間の経過した土石流跡地ではウラジロモミやハルニレの優占林となっている。ウラジロモミやハルニレと一緒にカラマツが林冠を構成する林分もあるが、そのような林分のカラマツの樹齢は200年以上であると推定された。カラマツはタニガワハンノキと同様に土石流による攪乱を受けた場所に侵入したが、長寿であるために、林冠層の優占種がタニガワハンノキからウラジロモミに変化してもなお林冠層にとどまっているものと考えられる。玄文沢の沖積錐において、このような土石流による攪乱が起きているのは、現在は沖積錐の南西部に限られている。玄文沢右岸を給源とする岩屑が沖積錐中央部にローブ状の微高地を形成しており、これが現在の土石流の流下範囲を制限している。この地形を構成する堆積物およびその下方の堆積物の中から得た腐植の放射性炭素年代を測定したところ、それぞれの暦年較正年代(1σ)は304-157 cal BPと4569-4445 cal BPであった。またこのローブ状地形の上で2014年に伐採されたトウヒの年輪は約270年であった。このローブ状地形は、完新世中期までに形成された沖積錐の上に、370-220年前に発生した規模の大きな土石流の堆積物によって形成されたものと考えられる。類似する規模のローブ状地形は善六沢にもみられ、両沖積錐では大小様々な規模の土石流が攪乱体制を特徴づけていると考えられる。<BR>   5.地すべりに伴う地表変動のフロラ形成に果たす役割<BR>  本州中部におけるカラマツ属とトウヒ属は、後氷期に分布を縮小させてきた。現在カラマツやトウヒは亜高山帯で優占林を形成することはほとんどないが、地すべり地はこれらの種が優占する場所を提供しているといえる。両種とも耐陰性が低く、大規模な攪乱を必要とすると考えられる。両種はシラビソ、オオシラビソやウラジロモミに比べて長寿であるために、再来間隔の長い大規模攪乱が発生する時まで、種子供給源となる個体群を維持できる。<BR>

著者関連情報
© 2016 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top