日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 308
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要旨
除染の終わりが補償の終わり?
福島県における原発事故の畜産被害
*渡辺  和之
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抄録

  阿武隈山地では、牧草を自前で栽培し、糞尿を肥料として牧草地に還元する循環的な畜産がおこなわれていた。原発発事故後、酪農家は東電の補償を受け、購入した牧草を牛に与えていた。それゆえ、牧草地を除染し、自前の牧草の給餌を再開することは、事故以前の段階に戻るための1つの目標であった。
  発表では、2015年8月の調査をもとに、いち早く除染が終わり、牧草の作付けや給餌も再開した相馬市玉野の事例を取り上げ、除染終了後、どんな問題が残るのかを報告する。
  福島県内では、学校、住宅、道路、農地や牧草地の順に除染がはじまった。除染の方法には「天地返し」と「はぎ取り」がある。福島市や川俣市のような線量が低い所では「天地返し」だが、伊達市や相馬市玉野や南相馬市の山沿いの地区では線量が多いので「はぎ取り」である。後者の場合、セシウムの付着した表土を削ることになる。「表土の最も栄養がある部分を削られるのだぞ。それがどんな痛手だかわかるか」。自然農法でやってきた酪農家は語っていた。作業員は牧草地を耕す専門の重機を持っていない。このため、畜産家が除染に雇われ、作業を手伝っていた。
  仮置場も問題が絶えない。地域で決めた仮置場は基本的に住宅の除染の仮置場である。牧草地の除染で出た土は量が多いので、別の場所を探さねばならない。除染の作業は場所を決めながら並行しておこなう必要がある。
  表土をはぎ取った牧草地には、カリウムやゼオライトを散布し、施肥をして牧草の種を播く。牧草は秋まきの永年牧草を使う。牧草は翌年春に収穫する。
  玉野では、2014年より自前で牧草の給餌を試験的に再開した。国の基準では100ベクレル以下の牧草は牛に与えてよい。福島県の農協や酪農協では、独自に基準を作り、30ベクレル以上の牧草を与えないこととした。ミルクは赤ちゃんも飲むので、検出限界値以下(ND)にするためである。これを受けて、福島県の普及センターは、独自の給餌制限を設けた。県は、牧草畑を一筆ごとに区分し、畑ごとに採取した牧草のサンプルからこの畑で採取した牧草を1日何グラムまでなら牛に給餌してよいのかを算出した。
  「どの畑が高いかはだいたいはわかる」と酪農家はいう。しかし、同じ畑でも1番草と2番草で線量が違う。2番草の線量の方が1番草よりも高いこともある。「どちらの数値で牧草をかしたらよいのか」と戸惑いがある。結局、給餌制限の量では足らない。このため、牧草の給餌再開後も、購入した牧草を与えることは欠かせないのが現状である。
  東電の補償もいつまで続くのか。「形だけ除染したことにして、補償を打ち切りにするのでは」との不安が酪農家の間では絶えない。実際にJAには東電から補償打ち切りの打診があったという。玉野では(肉牛を育てる)繁殖農家の補償はすでに打ちきりとなった。「これで線量超えが出たらどうするのか」。酪農家は口々に語っていた。
  ちなみに検査態勢は万全である。集乳の際に毎日サンプルをとって検査するからである。「乳からセシウムが出たら、誰の責任になるのでしょうね」と発表者が聞くと、「抗生物質の時とは訳が違う。県の言う通りにやって乳から線量超えが出たのに何で酪農家の責任になるのだ」。酪農家の方は憤っていた。
とにかく事故以降、忙しくなった。「以前はやらないで済む仕事やしなくてもよい心配が増えた。そのことを国や東電はちゃんとわかっているのか」。酪農家の方はこぼしていた。

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