日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P006
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発表要旨
火山灰編年からみた高隈山地の斜面安定性とブナ林の分布
*箕田 友和永迫 俊郎
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抄録

はじめに 基本的に侵食の場である山地では,古環境の情報源たりうる堆積物が斜面更新により時折削除されるため,古環境変遷の把握が難しいのが一般的である.南九州の諸火山から多くのテフラが到達している大隅半島の高隈山地は,山地斜面の火山灰編年法(田村,2004など)を適用可能で,古環境にアプローチしうる優位性を持っている.ここでは,高隈山地を対象に山地斜面の地形分類を行ったうえで,火山灰編年にもとづき,地形的位置ごとの重力移動の様式および斜面安定性について議論を行う.こうした最終氷期最盛期から後氷期にかけての古環境変遷のなかに,高隈山地の特徴的な植生である日本列島南限のブナ林を位置づけ,山頂付近までどのように逃避したのか,ブナの根系と斜面安定性を組み合わせて,ブナ分布の変遷についても推察する.

山地斜面の地形分類 国土地理院撮影の空中写真(縮尺約2万分の1,2008年撮影)の判読を行った結果,高隈山地の斜面は傾斜変換線(尾根筋から下方に向かって連続する3本の遷急線と1本の遷緩線)によって,下位から順に(a)谷壁斜面,(b)山腹急斜面,(c)山麓緩斜面,(d)山腹緩斜面,(e)山頂緩斜面の5つに分類できることが明らかになった.

高隈山地の斜面安定性 (a)谷壁斜面では一次堆積のテフラがみられず,表層堆積物の平均層厚(約0-50cm)が薄い.(b)山腹急斜面では尾根上で一次堆積のテフラがみられ,谷壁斜面に比べて平均層厚(約60-150cm)が厚い傾向にある.(c)(d)(e)の緩斜面では,平均層厚(約100-500cm)が厚い傾向にあり,(c)山麓緩斜面では姶良大隅降下軽石(以後A-Os)が,(d)山腹緩斜面では桜島薩摩テフラ(Sz-S)が,(e)山頂緩斜面では鬼界アカホヤテフラ(K-Ah)が,それぞれの表層堆積物の最下位にみられる場合が多い.
平成28年台風16号に起因した表層崩壊は(a)谷壁斜面と(b)山腹急斜面に偏在し,谷壁斜面での発生数が山腹急斜面より多いことから,谷壁斜面がより不安定な斜面と言える.その谷壁斜面での表層崩壊は山腹急斜面よりも勾配の緩やかな20~30°で発生しており,傾斜角よりも水分条件が関わった重力移動が発生しやすい地形場である.高隈山地の北部・北西部に多くの表層崩壊の傷跡がみられ,谷密度・地質・卓越風向・地形的な位置の違いが高隈山地における表層崩壊の分布を規定していると考えられる.以上のことから概して,(a)谷壁斜面は不安定,(b)山腹急斜面はやや不安定,(c)山麓緩斜面はA-Osが堆積して以降,(d)山腹緩斜面はSz-Sが堆積して以降,(e)山頂緩斜面はK-Ahが堆積して以降,それぞれ安定的な斜面である.

重力移動の変遷 山頂域と山腹域ではA-Osが堆積していないことから,最終氷期最盛期には山頂効果などに伴って低地周氷河作用が発現し,面的な削剥による物質移動が卓越した可能性が高い.山頂域・山腹域付近の(a)(b)の急斜面では落下による斜面更新が頻発したと考えられる.斜面の安定性変遷をまとめると次のようになる.
山麓域では晩氷期よりも前に,凍結融解を主因とした面的な削剥による物質移動が終了した.晩氷期には,山頂域のように周氷河作用が残った斜面があるものの,発現しない斜面が増えていった.Sz-Sを指標とした山腹域での観察から,面的な削剥による物質移動が終わり,徐々に流動による線的な侵食に移行していったとみられる.後氷期には,山地全域において面的な削剥による物質移動はみられず,(a)谷壁斜面と(b)山腹急斜面の一部では流動,(b)山腹急斜面の大半では落下という重力移動によって斜面更新が行われるようになった.

ブナ分布の変遷 高隈山地の現在のブナの分布について,大箆柄岳の北向き斜面に高密度でブナが分布し,主稜線を挟んだ東西方向では東向き斜面に偏在することから,板谷ほか(2004)は斜面方位を重要な規定要因としているが,西向き斜面でも点状に高密度に分布することには言及していない.ブナの根系は垂直方向に約1mは伸びる(刈住,1987)ことと,表層堆積物の観察結果を考え合わせると,西向き斜面に連なるブナ分布の高密度は尾根上の土壌の厚さが1m以上あるゾーンと一致していると評価される.高隈山地の(d)(e)の緩斜面では1m以上の土壌が堆積しており,ブナの分布密度が高い.(a)谷壁斜面と(b)山腹急斜面ではブナの分布密度は低い一方,(b)山腹急斜面でも土壌が1m以上ある尾根上の斜面では密度が高くなる.したがって,土壌水分に関わる斜面方位だけでなく,土壌層の厚さや地形的な位置もブナ分布にとって重要な要因であると指摘できる.こうしたブナ林のカテナと重力移動の変遷にもとづいて,最終氷期最盛期以降のブナの分布変遷を推察した.

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