抄録
はじめに
日本において不動産証券化が本格的に開始されてから,既に20年弱が経過している.しかし不動産証券化の実態やその広がりが,地域経済に与えている影響は必ずしも明確ではない.三井住友基礎研究所『不動産私募ファンドに関する実態調査2017年1月』によれば,不動産証券化の主体であるJリートと私募ファンドの運用資産額は,2015年末で28.8兆円に及ぶ.日本の法人が所有する収益不動産は68兆円とされているので,法人などにより賃貸されている不動産の約4割が証券化されている計算となる.これまで日本の主要な不動産資本と考えられてきた金融・保険業の9.5%,鉄道業の3.0%注1)などと比較してもきわめて高い.
一方で,不動産証券化の分布形態やその形成要因,地域経済との関係性を扱った研究は少ない.例えば矢部(2008)は,マネーフローに着目して地価や不動産開発に与える影響を分析しているものの,対象地域は東京23区に限られている.また松岡(2012)はJリートの保有物件の全国的な分布状況を示しているが,不動産証券化のおよそ半分を占める私募ファンドの状況については言及していない.このように不動産証券化全体を空間的に取り扱った研究が無いのは,不動産証券化の制度や仕組み自体が複雑であることに加えて,投資家や保有物件に関わる情報の匿名性が高く,空間的な分析にたえる統計データが存在しないことによるものといえよう.
そこで本研究では,公的認可の縦覧資料,不動産取引情報,民間のデータベンダーからの資料等を利用するとともに,不動産投資ビークル自体の属性や資金の供出者についても類型化し,日本の証券化不動産に関する包括的なデータベースを作成した注2).これに基づき,不動産投資ビークルの資金属性(国内,海外,Jリート)及び,証券化不動産の用途(事務所,住宅,商業施設,物流施設,その他)別に不動産証券化の地域的展開の差異を検討する.
分析と考察
本研究では2001年から2015年にかけて証券化ビークルによって取得された7,735件の不動産を分析した.この結果,不動産証券化の展開は,2008年のいわゆる「リーマンショック」の前後で大きく変化していることが明らかになった.第1に,海外投資家の存在感の高まりで,私募ファンドでみると海外投資家の比率が件数・金額ともに大きく上昇している.またJリートにおいても資産運用会社が海外資本である比率が高まっている.第2に証券化不動産の用途の多様化がある.2007年まではオフィス,住宅,商業施設で8割を占めていたが,2008年以降では7割に低下し,物流施設,宿泊施設,ヘルスケア施設などが増加した.次に空間的な視点から見ると,私募ファンドの海外投資家は国内投資家に比べて東京圏・名古屋圏での投資割合が低く,大阪圏と地方圏での投資割合が高い.また,証券化不動産の用途別に東京圏の投資割合(件数)を見ると,オフィス79.6%,住宅71.1%,物流施設60.7%,商業施設56.6%,宿泊施設39.7%,ヘルスケア施設38.2%となる.
以上の点から,地方圏への投資態度が積極的である海外投資家の存在感の高まりと,東京圏以外でも証券化されやすい用途への投資対象の拡大が,日本における不動産証券化の空間的な拡大を牽引していると言えよう.
注1)国土交通省『平成25年法人土地・建物基本調査』における貸付目的で所有している部分のある工場敷地以外の建物資産額の,各業種が全体に占める構成比.
注2)菊池・谷(2013)『不動産証券化の展開が都市空間の再編に及ぼす影響に関する研究』(平成24年度国土政策関係研究支援事業)において作成したデータベースを更新・修正したものである.
参考文献
松岡恵悟(2012), 日本における不動産資本の地域的展開と主要都市の建造空間の形成について, 立命館地理学, 24, 19-30.矢部直人(2008), 不動産証券投資をめぐるグローバルマネーフローと東京における不動産開発, 経済地理学年報 54, 292-309.
*本研究は日本証券奨学財団平成28年度研究調査助成(「不動産証券化の地域的偏在要因と地方都市での拡大に向けた社会・経済的課題に関する研究」)の成果の一部である.