日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 904
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発表要旨
四日市萬古焼産地における土鍋の市場戦略
*西浦 尚夫
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抄録
Ⅰ はじめに
   日本の地場産業において、陶磁器産業は、各地に産地を形成し、地域に根ざ
した産業と して地域経済の発展に重要な役割を果たしている。現在、陶磁器
産地は、地域経済にとって重要な存在でありながらも縮小傾向にあり、産地の
衰退は、地域経済全体を衰退させる大きな要素である。しかし、現在、陶磁器
需要の量的拡大を見込めない中、今後も業績を向上させ、発展させるには、
産地のたゆまない努力を必要とする。四日市萬古焼(以下、萬古焼)産地は、
地理的に美濃焼(岐阜県)、瀬戸焼(愛知県)、常滑焼(愛知県)等の大産地に
隣接していながらも、存続を図ってきた。他産地との差別化を図るため、耐熱
性に優れた「土鍋」を開発し、国内シェアの6割を占めるに至った。本研究は、
萬古焼産地を事例に「製品の市場確保」をどうとらえていくかを考察する。

Ⅱ 萬古焼産地
   三重県四日市市を中心とした萬古焼は、大正時代初期に近代産業として
成立して以来、輸出指向の産地として発展してきた。1955年頃から国内市場
は、家庭内熱源の変化(炭からプロパンガス)とともに耐熱性 や強度を高く
した製品を必要とした。1959年頃から萬古焼メーカーは、耐熱土鍋の研究に
着手し、大学・試験場などの協力により、ペタライトを使用することによって
耐熱性の高い陶土開発に成功した。1985年以降から、円高によって産地の
輸出量が減少した。これに伴い、萬古焼産地は国内向けへの転換を図り、
現在ではほとんど国内向けになった。生産品目構成は、主に土鍋を中心
とした陶器50%、食器30%である。その他は、花器、植木鉢、急須、置物
等で20%となる。

Ⅲ 土鍋の国内市場開拓と産地問屋の役割
    陶磁器製品の流通構造は、伝統的に生産者→産地問屋→消費地問
屋→小売店→消費者である。生産者は主に小規模事業主であるが、
多種多様な製品を生産している。産地全体となると、膨大な種類と量とな
る。また、小売店も主に小規模事業主の集まりであり、各店は、店舗内の
在庫機能も乏しいため、必要な時に必要な数量を納品できる問屋を必要
とした。これらの事情から、生産地の実情に詳しい産地問屋と小売店の
実情に詳しい消費地問屋の存在が必要なりと流通体制を構築していっ
た。萬古焼産地における土鍋の市場開拓において産地問屋は、重要な
役割を担う。土鍋は、冬季使用の多い季節商品であり、他の食器類に
比べ、製品も大きく、在庫スペースも広くいる。他産地では、土鍋のよう
な季節商品に注力するよりも、年間を通して販売できる食器等に力を
入れた。萬古焼産地は、他産地に対する優位性を確保するため、季節
商品である土鍋で国内シェアの拡大を試みた。課題点は、販売時期が
限られる中で、いかに市場へ品質と価格の安定した製品を供給できる
かであった。そのため、生産者と産地問屋で生産と販売の協力体制を
構築した。生産者側は、主に原材料の仕入れから製造までの一貫生産
体制を行った。一貫生産を行う理由は、顧客からの改善要求や、製品
に不備が生じた場合に迅速な対応をするためである。産地問屋側は、
在庫機能を強化するとともに、生産者が安定的に生産体制を確保で
きるよう、年初に1年分の数量発注を行うこととした。生産者側は、
産地問屋からの受注量を12等分して毎月、安定的に生産を行うことと
した。産地問屋は、販売開始時期(主に8月)まで各自の倉庫にメーカ
ーから持ちこまれた製品を保管する。販売時期が来たら、保管していた
製品を一斉に市場へ供給することによって高い国内シェアを確保できた。

Ⅳ 今後の展望
   萬古焼産地は、土鍋について、生産者側と産地問屋側の協力により
現在に至るまで高い国内シェアを確保し、製品ブランドを維持してきた。
しかし、現在は、家庭内熱源も変化(プロパンガスから電磁調理器)して
いることから、萬古焼産地もさらなる変化を必要とされている。産地メー
カーでは、このような状況に対応するため金属を活用した「IH対応土鍋」
の開発のほか、胴と蓋との気密性を高め、水を使わずに調理できる「無
水土鍋」等の開発に着手している。
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