抄録
1.問題の所在と研究目的<BR> 現代日本において,農業・農村を取り巻く社会経済的状況は厳しいが,農業生産機能に加え,農業・農村の多面的機能の重要性が唱えられるようになるなど,農業の重要性は維持されている.農業を維持する上での課題として,農業収入・担い手の確保や農地の適切な管理と併せて,農業用水の適切な維持管理が挙げられる.この農業用水の維持管理に着目した研究には,維持管理の担い手確保に関するもの(本田 2011など)や費用負担に関するもの(齋藤ほか 2017など)があるが,後者の研究において,水利系統内の地域差に着目する視座が不足している.<BR> 一般に農業用水の維持管理には,営農者に対して,労力のみならず大きな費用が発生し,用水を利用し続ける間,重い負担となり続ける.そのため,特に農業が衰退する地域においては,補助金等の行政による支援が不可欠である.しかし,水利施設の維持管理に対する支援については,国の省庁や都道府県のみならず,市町村行政にも依るところが大きく,市町村間で差異がみられる.この差異を地域差として捉え,明らかにすることで,農業用水の維持管理の費用負担における課題を再考することができる.<BR> 以上より,本報告では,農業用水の維持管理に対する行政支援の地域差を明らかにし,従来あまり注目されてこなかった農業維持の課題の一端を示すことを目的とする.<BR> 2.研究方法と調査対象<BR> 農業用水の維持管理に対する行政支援の地域差を明らかにするにあたって,ここでは農業用水をめぐる重層的な地域構造という概念を設定する.これは,田林(1990)が提示した水利施設を基準に画定した空間単位である「水利空間」を低次から高次まで重層的に捉え,さらに,都道府県や市町村区域の境界に着目した行政区域を重ねたものである.この地域構造の設定によって,農業用水によってつながる地域と行政の境界によって分けられる地域の不一致に起因する問題を示す上で指標となる.なお,本報告では,最高次の水利空間と市町村区域の間の問題に焦点を当てる.<BR> 調査対象地は,大阪府泉北地域に立地する光明池土地改良区の管理地域とする.選定理由としては,土地改良区の管理地域が,用水受益地域のほぼ全域を包含し,高次水利空間として扱えること,用水受益地域が複数の市町村(4市:堺・高石・泉大津・和泉)にまたがること,溜池灌漑を含んだ複雑な灌漑方法・水利体系を持つことから,多様な主体の関係を分析に含めることができることが挙げられる.<BR>3.農業水利施設の維持管理体制と行政支援の地域差<BR> まず,対象地域内の農業水利施設の維持管理体制を,各水利施設の所有主体・運用主体・改修時の事業主体・改修時の費用負担主体と支援主体に着目して明らかにした.所有主体は施設によって,大阪府・市・土地改良区・水利組合・財産区・集落など様々に異なり,改修時の事業主体は基本的に所有主体と同じであった.運用主体について,基幹施設は土地改良区が,それ以外は各水利組合・集落が行っている.改修時の支援主体から,末端水利施設において市域ごとに支援が大きく異なることが明らかになった.<BR> そこで,末端水利施設の改修に対する各市行政が行う支援内容について調査した結果,独自の支援が充実する市から独自支援を実施していない市まで存在することが明らかになり,大きな地域差が確認された.なお,この背景として,各市域や各市行政の文脈が関係しているとした. <BR>4.結論 <BR> 以上より,高次水利空間内の中で,行政支援の市町村間の大きな差が確認された.換言すると,同水利条件下の地域内にも関わらず,行政区域によって農業の存続条件が規定されると結論付けた.今後は,低次水利空間と行政区域の関係に焦点を当てて研究を進めたいと考えている. <BR>文献<BR>齋藤邦明・塚田和也 2017. 灌漑投資の意思決定と費用負担―新潟県上郷水害予防組合を事例に―. アジア経済 58(2): 104-134.<BR>田林 明 1990. 『農業水利の空間構造』大明堂. <BR>本田恭子 2011. 農業用排水路の維持管理に対する非農家の参加条件―農業用水および用排水路の管理形態に着目して―. 農村計画学会誌 30(1): 74-82.