日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P033
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発表要旨
日本における触地図の社会的位置付け
*田中 雅大
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抄録
1. 研究背景と目的
本研究では,新聞記事を資料として,日本における触地図の社会的位置付けを検討し,そこから見えてくる障害disability問題について考察する.従来の地理学における障害研究では,しばしば障害問題を解決するための道具として地図が役立つと言われてきた.しかし,地図は価値中立的な道具ではなく,社会の中で何かしらの役割を付与される技術technologyである.近年の「障害の地理学geographies of disability」においても,障害者の生活の中で様々な技術がどのようなものとして位置付けられ,それがどのように障害という現象と関わり合っているかが問われている.
そこで本研究では視覚障害者向けの触地図に着目する.元々視覚障害者向けの教材として考案された触地図は,リハビリテーションの進展に伴い歩行訓練等にも利用されるようになり,近年ではバリアフリー概念の広まりに合わせて多くの公共施設に案内板として設置されるようになった.研究蓄積も厚く,触地図のデザインや機能性に関する研究が多数存在する.しかし,触地図が,いつ,どこの,誰によって,何の目的で,どのように作製・配布・設置され,どのようなものとして語られてきたのか(=社会的位置付け)を検討した研究はほとんど存在しない.
2. 研究方法
触地図は多様な主体が空間的・組織的に分散して多様な方法で作成している.それを体系的に整理したデータが存在しないため,本研究では新聞記事(読売新聞,朝日新聞,毎日新聞)を分析資料とした.各社のデータベース検索サイト(読売新聞「ヨミダス歴史館」,朝日新聞「聞蔵Ⅱビジュアル」,毎日新聞「毎索」)で,「触地図」,「触知図」,「触知地図」,「盲人 AND 地図」,「視覚 AND 障害 AND 地図」をそれぞれ検索ワードとし,視覚障害者向け,かつ触覚で認知する形態の地図に言及している記事を抽出した.その結果,230件の記事を得られた.そして,それらの記事の発行年・主題・対象地,記事内における地図の呼称・説明・作者(管理者・設置者含)・スケール・取り上げられ方を分析した.
3. 結果
触地図に言及した新聞記事は1990年代以降に急増している.これは1981年の国際障害者年とその後の各種障害者関連法の施行の影響があると考えられる.大半の記事は,①触地図そのものを主題としたもの(85件,37%),②バリアフリー・ユニバーサルデザインを主題とし,その中で触地図に言及したもの(64件,28%)のどちらかである.また①,②のうち25件(38%)は,「地図に点字を付けた(点訳した)」,「印刷した地図に凹凸を付けた」といったように,晴眼者用のビジュアルな地図を視覚障害者用のものへ「翻訳」する活動として触地図製作を紹介する記事である.特にローカルなボランタリー組織による点訳活動の一環として触地図製作が紹介されることが多い.
全ての記事で「触地図」と呼ばれているわけではなく,実際には非常に多様な呼称が使われていることも明らかとなった.具体的には,「触地図」と記載している記事が67件(29%),「点字地図」が55件(24%)件,「触知図」・「触知地図」が36件(16%),「立体地図」が17件(7%),「触図」が10件(4%),その他の呼称が19件(8%),呼称無し(「視覚障害者用の地図」等)が46件(20%)である.「点字地図」と書いたり特別な呼称を使わない記事が多いことが特徴的である.
障害問題の根底には,身体的損傷を負った人々とそうでない人々を同じ存在として平等に扱おうとする「同一処遇」と,異なる存在として扱おうとする「異別処遇」という二つの立場の葛藤があるとされている.上記のような「翻訳」という行為や地図の呼称の多様性からは,視覚障害者をめぐって二つの立場が混在した状況が見て取れる.
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© 2017 公益社団法人 日本地理学会
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