日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 607
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発表要旨
モミ―イヌブナ林における林冠優占種の分布と共存
*吉田 圭一郎比嘉 基紀
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抄録

I はじめに
森林において多様な樹種が共存するメカニズムを解明することは,種多様性だけでなく,植生分布の理解へとつながることから,植生地理学における中心的な研究課題の一つとなっている.森林における主要樹種の共存には,立地環境の違いだけでなく,更新動態のプロセスや生活史の差異が重要な意味を持つことが知られており(Nakashizuka 2001),近年では森林の動的プロセスの観点から多種共存のメカニズムについての研究が進められている.
宮城県から岩手県南部にかけての東北地方太平洋側は常緑広葉樹林帯(暖温帯)と落葉広葉樹林帯(冷温帯)の植生境界にあたり,常緑針葉樹と落葉広葉樹とが混交するモミ―イヌブナ林が分布する(吉岡 1952).これまでに発表者らは,宮城県仙台市のモミ―イヌブナ林を対象に実施した50年間の植生調査に基づき,モミ-イヌブナ林の林冠層において共存する主要樹種間で更新過程が異なることを示唆した(若松ほか 2017).しかし,この研究では面積が小さい調査区における林分構造の長期的な変化について記述するにとどまっており,モミ―イヌブナ林における多種共存のメカニズムを明らかにするためには,林冠を構成する主要な樹種の更新過程のプロセスについてさらに検討を進めることが必要である.
そこで本研究では,モミ―イヌブナ林の林冠優占種であるモミの空間分布とその時間変化をより広範囲で明らかにするとともに,森林の維持更新機構からモミ―イヌブナ林において林冠構成種が共存するメカニズムについて検討することを目的とした.  
II 調査地と方法
調査地は,仙台平野の西縁に位置する青葉山丘陵の鈎取山国有林である.鈎取山国有林は約100年前より学術的に重要な森林として保護され,モミ,イヌブナ,イヌシデ,アサダなどにより構成される自然度の高い成熟林がみられる.
林冠層を構成するモミの個体分布とその変化を明らかにするため,1961~2006年に撮影された空中写真の判読を行なった.また,鈎取山国有林内の南向き斜面に設置された調査区(20 m×150 m)における50年間の調査データを用いて,モミ―イヌブナ林の主要な構成樹種の更新過程について推察した.さらに,調査区における樹種毎の個体の新規加入率と死亡率から,モミ―イヌブナ林の将来の林分構造の変化を予測し,林冠構成種が共存するメカニズムについて考察した.
III 結果と考察
1961年以降,鈎取山国有林の相観に大きな変化はなく,常緑針葉樹のモミと落葉広葉樹のイヌブナやイヌシデなどが林冠層に混交するモミ―イヌブナ林が長期間維持されていた.モミは尾根や斜面上部にやや偏るものの森林全体に分布して優占しており,林冠層におけるモミの個体密度に時間変化は認められなかった.
調査区の調査結果からは,モミと主要な落葉広葉樹とで更新過程が大きく異なることが明らかになった.調査区における50年間を通じたモミの新規加入率は2.4%/年であり,死亡率(0.6%/年)を上回って順調に更新していた.一方で,主要な落葉広葉樹の新規加入率(0.5%/年)は死亡率(2.7%/年)よりも小さく,更新できていなかった.また,調査区における新規加入率と死亡率を用いて将来の林分構造の変化を予測したところ,モミの個体数が増加する一方で主要な落葉広葉樹は減少し,時間経過にしたがいモミ優占林の植生構造や種組成に近似することが示された.
鈎取山国有林のモミ―イヌブナ林の相観は長期間維持されていたものの,樹種ごとの更新過程の違いを背景に,その林分構造は変化していた.こうした過去50年間の変化が今後も継続した場合,落葉広葉樹の個体数は減少し,モミが優占する森林へと推移することが予測された.したがって,モミと落葉広葉樹とが林冠層で混交するモミ―イヌブナ林が維持更新するためには,主要な落葉広葉樹の新規加入率が高まる大規模撹乱などのイベントが必要であると推察される.また,モミと主要な落葉広葉樹とがそれぞれ異なる更新過程を持つことで,両者は林冠層において共存することができ,モミ―イヌブナ林が維持更新されてきたものと考えられた.
本研究は,平成29年科学研究費補助金基盤研究(C)「安定した立地における森林動態を考慮した地形-植生関係の実証的解明」(研究代表者:吉田圭一郎)による研究成果の一部である. 

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