日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1103
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発表要旨
漫画コナン学習シリーズの監修 地図教育の立場からのアウトリーチ
*太田 弘
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抄録

地理学は古代ギリシャ時代以来「諸科学の母」であった。近代においても地理学は諸科学中で最も先進的な「実学」として重要視された。我が国の幕末・明治における近代化でも、世界の諸事情を知ることは国民教育上、必須とされ、福澤諭吉の著した「世界國盡」(1869年発行)がベストセラーともなった。地理学はそれぞれの時代に対応した世界の最新情報を学ぶの役割を担っていたと言える。グルーバル化した現代においては、より重要視されることがあっても軽視されることはない。しかし、この20年間に及び高校では選択科目となり学習の機会が失われ、地理学軽視とも取れる「失われた20年」を迎えた。これは地理学研究、地理教育を担っていた我々の責任であるところが多い。来る2022年度から導入される高校新科目「地理総合」(仮称)では、現代世界の社会的ニーズを汲み、学習者の興味・関心を引きつける科目として再生される必要がある。小学館から出版された「名探偵コナン推理ファイル 地図の謎」は進歩の目覚ましい現代の地図の分野をよりわかりやすく解説する読本として計画された。解説部分には人類の歴史上、地理的発見を反映する世界認識や世界観の表現である地図が紹介され、地図は地理の学習上不可欠の素材となる。天文学上の地球の形や大きさの認識は現代では、最新のGPSや準天頂衛星測位によるGNSSの理解は必須である。最先端の地図作成技術やGIS、Google Earth & Mpasに代表されるWeb地図やカーナビなど、身近になった数多のデジタル地図の利用や住宅地図を盛り込まれる。さらに自然災害を想定したハザードマップ、旧版の地形図や空中写真から、居住環境を地盤条件や過去の地形環境にを知る「地理院地図」の利活用は新科目「地理総合」での「地図リテラシー」の重要な要件となる。当初、「名探偵コナン推理ファイル 地図の謎」は小学館の担当者から企画ではなく、全く別のテーマ「名探偵コナン推理ファイル 農業と漁業の謎」(2012年発行)の監修から始まった。筆者にとっては専門外のテーマであった農業と漁業を監修する中で、地図教育の追加出版を提案し、実現したテーマで結果である。この学習漫画シリーズの狙いはシンポジウムのテーマである「アウトリーチ」の定義から見ると「専門的な学術成果を専門外の人に説明する(狭義の)アウトリーチ」と「科学への親しみやすさ・楽しさを一般の人に伝える科学コミュニケーション」とを共に目指したものと言える。地図学(Cartography)は我が国では世界的な先進性を持ちながらも、欧米のそれとは異なる大学等高等教育で専門教育として少ない講座となった。筆者の恩師でもある野村正七は地図学における稀有な研究者であった。野村正七の「指導のための地図の理解」(1980年発行)は、将来、教職に就く学生に向けた地図学の最適の教科書であった。これは小学校段階から大学教育までを見据えた地図学習のテキストと言うことができるだろう。今回の漫画本は遠く野村先生の書には及ばないが、現代の最新の地図利用を誰にでも読める読本として企画できたものである。しかし、漫画を学習テキストとして利用することに一抹の躊躇がなかったわけではない。本書の出版から3年を経過した現在、地図の世界はGoogle Earthに代表される地図はインターネットの普及による「第四の波」の真っ只中にある。表面的に紙地図となって出版されている様々な地図も全てデジタル化され作製されている。「多種類少量出版」として地図が印刷・出版可能となった。GPSと連携し、精密レーザー測量技術によってより詳細に地形表現が可能となった。もはや読み手に読図を強いる地図ばかりではなく地図表現を考慮した多様な地図が登場している。その点で本書は読者(学習者)への「地図の理解」と「新たな地図利用」を学ぶ良き読本であると思う。小学生でもわかる地図教育の読本を目指した理由もここにある。現在、二刷を経て多くの読者を得ることができた。さらに出版後の地図界の進展を受けて、改訂版を計画中である。さらに広い分野の読者を「コナン」の力を借りて地図の普及を図ろうとしていると言える。福澤諭吉は「世界國儘」で、敢えて七五調の言い回しで記述し歌も作り、多くの人々に当時の世界地理事情に関心を向させ、当時のベストセラーとなった。ある意味、福澤も明治期の「地理学のアウトリーチ」の先駆者と言えるのかも知れない。

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