日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1201
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発表要旨
滋賀県朽木におけるトチノキ利用からみた人と自然の関わり
*水野 一晴
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抄録

1.はじめに
滋賀県朽木(くつき)は、京都の北西に位置し、若狭へ抜ける鯖街道の途中にある。本シンポでは、朽木でトチの木利用の研究をおこなった京大大学院研究グループ(自然地理研究会)の成果をもとに、人と自然の関わりを植生から考える。
2.滋賀県朽木谷の自然資源利用と地域社会
朽木谷は標高 450m から 900m の山々に囲まれた渓谷をなし、総面積の 93%は山林・原野となっている。年平均気温は 12.8 度、年間降水量は 2300mm 前後で、初雪は 11 月下旬、晩雪は3 月下旬で、積雪量は 2m 以上に達することもある。 従来、朽木谷では、豊かな山林資源を背景とした植林、木材搬出、製炭などの林業が主要な生業であった。また、総面積にしめる農地の割合は、1.7%とそれほど大きくはないが、稲作や畑作なども営まれており、とくに稲作に関しては、集落周辺の山林の草木を水田の肥料として投入するユニークな施肥方法がみられた。1960 年代以降、従来からの生業は大きく変貌し、1960 年に70%を超えていた第一次産業従事者数の割合は、1995 年には 15%まで減少した。 朽木谷には、集落の周囲に広がる、水田にいれる肥料や家畜の敷草を調達するための採草山であるホトラヤマとミバエヤマホトラヤマがある。人々は毎年春先に集落総出の共同作業によって山を焼き、その後に芽生えた膝丈ほどのコナラの幼樹(これをホトラと呼ぶ)を各世帯の女性が刈り取り、まず牛舎の敷草とされ、そして牛糞と混ざった敷草は厩肥として水田に施肥された。しかし、農業の機械化がすすみ、家畜を飼養しなくなったため、昭和 30 年代にホトラヤマは利用されなくなった。そのため現在、かつてのホトラヤマは森林化が進んでいる(平井,2005)。 この地域の山林のもうひとつの特徴として、天然更新に由来する針・広混交林が成立している点があげられる。こうした山林はミバエヤマとよばれ、そこに生育する針葉樹は優良な建材として利用されてきた。 朽木は、戦前期にすでに人口の減少が始まっており、1920年以降の15年間に約5,000人から約4,000人へと減少し、戦後には1960年から2000年の間には約 4,000人から約 2,500人へと大幅な現象が見られる。とくに後者においては、跡取りとなる世代を含む「挙家(きょか)離村(りそん)」を含んでいると見られ、林地の所有者も流出したと考えられる。現在でも、木材の産出は行われているものの、木炭の生産はほぼ見られなくなった。この様に、朽木の森林資源の利用そのものが失われつつある(井出・通山,2012)。
3.アルナーチャル・ヒマラヤの自然資源利用との比較
アルナーチャル・ヒマラヤでは、コナラの落葉が採集され、トウモロコシとその裏作である大麦、ソバの肥料として農地に投入される。農地の周辺は人為的にコナラの純林にされ、それは「落葉を集める森林:ソエバシン」として管理され、ほとんどの農民がソエバシンを所有している。

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