日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1205
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発表要旨
朽木地域のトチ餅づくりを支える技術と地域を超えた資源利用
*八塚 春名
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抄録
トチ (Aesculus turbinata) の果実はサポニンやタンニンを含むため、縄文時代から人びとは水さらしや加灰といった方法でアク抜き処理を施し、日本各地で利用してきた。滋賀県朽木の人びとも、かつてはアク抜きしたトチノミをモチ米に混ぜてトチ餅に加工し、自家消費および近所や親戚へのふるまい餅として食べてきた。その後いったんトチ餅づくりは衰退するが、1986年以降、地域振興の流れをうけてトチ餅づくりは復活し、地域の「特産品」として販売されるようになった。現在ではおもに5世帯がトチ餅を生産、販売し、他の多くの世帯は必要な時にそれを購入している。
一方、現在の朽木では、高齢化や林業の衰退により住民の山離れが進み、トチノミ採集のために山に入る人は少ない。また、個体数が急増したシカがトチノミを食べ尽くし、たとえ住民が山に入っても、トチノミをほとんど採集できない状態にある。つまり、「特産品」であるトチ餅の材料が、地域内では供給困難な状況に陥っている。こうした状況下でトチ餅の生産を継続するためには、地域の外からトチノミを供給せざるをえない。本発表では、朽木の餅作りを担う住民が、いかにしてトチノミを入手しているのかを明らかにし、現代山村が抱える複雑な社会背景のもとで、今後の資源利用の可能性を考察することを目的とする。

2.方法
調査は2012年から2015年までの不定期に、トチ餅の生産と販売を担っていた6世帯(調査当時)を対象に聞き取りとトチ餅作りの観察をおこなった。さらに2012年9月の毎日曜に、朽木および大津市浜大津で開催される朝市において、トチ餅購入者を対象に聞き取りをおこなった。

3.結果と考察
聞き取りの結果、朽木では、約20年前からトチノミの採集が困難になってきたことがわかった。そしてその頃から、トチ餅生産者は、おもに滋賀県長浜市や福井県、岐阜県の人びとからトチノミを購入してきた。餅生産者は9,10月頃にトチノミ販売者に150kg~800kgのトチノミを注文する。各世帯、毎年ほぼ同じ販売者に注文をするが、飛び入りの販売者からトチノミを購入することもある。販売者は自ら実を採集する例もあれば、各地で採集してきた人から買い取った実を朽木まで運び販売する例もある。
一方、朝市において朽木のトチ餅を購入する人たちには、トチ餅を朽木の名物だと捉える人が多かった。餅生産者らは、トチ餅の味を左右するのはアク抜きに利用する灰の質とその際の温度管理だという。つまり、たとえ他地域のトチノミを利用していても、朽木のトチ餅は、朽木の人びとによるアク抜き技術が継承されている限り、地域の「特産品」だといえるだろう。
朽木のトチ餅づくりの背景には、地元のトチ餅生産者だけでなく、他地域の採集者や販売者といった多様なアクターが存在し、トチノミ利用をめぐる広域なネットワークが形成されている。過疎・高齢化に悩む現代の山村において、こうした他地域との資源利用ネットワークは、1地域では不可能になりつつある活動を、より広範囲かつ多層な資源利用によって可能にする新しい形を提供する可能性がある。
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© 2017 公益社団法人 日本地理学会
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