日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 306
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発表要旨
地域性からみたサードセクターのイノベーション作動原理
*菅野 拓
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抄録

東日本大震災をきっかけとして、被災地においては、被災者の生活再建にかかわる諸問題や、地域の産業再生や雇用づくりなど、多様な社会的課題が現出した。それらの課題に対し、主として政府や自治体などから構成される政治・行政セクターや、主として営利企業から構成される市場セクターに加え、NPOやNGOと呼ばれることが多いサードセクターが、場合によってはイノベーションを生み出しながら、相当な規模で独自に対応した(菅野 2015a)。サードセクターの組織が生み出す財は、生産と同時に消費されていく同時性や、在庫をもつことが不可能な消滅性に特徴がある、サービスを中心としたものである。本報告では、彼らが生み出す財にかかわるイノベーションを理解可能な作動原理を仮説的に提示する。
東日本大震災における仙台市の仮設住宅入居者支援事業では、サードセクターの組織が関与し、複数のイノベーションが生み出され、それは他の被災自治体や熊本地震被災自治体においても活用されている。参与観察によれば、被災地を超えた関係者同士のネットワークからもたらされる、知識や資金といった資源の流入に促されて、イノベーションが生じていることが把握できた(菅野 2015b)。同時に、営利企業では考えづらい特性が観察された。その主たるものは、①地域が異なると同業の組織に対して、活動の価値源泉と言いうる知識やノウハウを無償で伝達すること、②金融的資本面では公費や贈与、人的資本面ではボランティアなど、多様な資源を混合して活用していること、③地域内の同種の組織とは競合関係にあることである。
ここから、サードセクターの地域性とイノベーションの作動原理にかかわる以下のような仮説が構築できる。サードセクターの組織は、「地域の混合市場」とでも呼ぶべき、一定の具体地理的範囲に存在する、営利企業では通常は活用しづらい贈与をも資源として調達可能な市場の中で、原則、互いに競合関係を持ち存在している。生み出す財はサービスを中心としたものであるため、生産と消費の分離が不可能であり、同業種の地理的集積は起こりにくく、市場の規模にもよるが、各地域の混合市場の業種構成は比較的均質である。また、他の地域の混合市場に存在するサードセクターの組織とは競合関係になく、地域を超えて社会全体としては、協力関係を築くほうが対応する課題の解決に寄与することから、知識を中心とした、譲渡しても減少しない資源が互いに融通可能となる。そのため、それらの資源の活用からイノベーションが促されることとなる。
個別のサードセクターの組織から見れば、自らが存在する地域以外の地域の混合市場は、低コストで新しい知識が生み出される、営利企業における研究開発部門や提携企業としてみなすことが可能となる。営利企業では、地理的な領域でイノベーションを考える場合、集積にもとづく近接性に由来する、知識のスピルオーバーが注目されているが、サードセクターではその重要性は小さいと考えられる。

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