日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0406
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発表要旨
北アルプス高山帯へのニホンジカの進出と季節移動
*泉山 茂之
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抄録

南アルプスの高山帯,亜高山帯では1990年代後半からニホンジカの進入が始まり,2000年頃に定着したと考えられている。そして2010年頃までの,わずか10年で希少な高山植物群落のほとんどが失われた。多雪地域や高山環境には生息が困難とされてきたニホンジカは,近年,季節的移動型の個体群が分布を拡大し,これまで生息が見られなかった北アルプスにまで進出を始めている。希少な高山植物群落の宝庫である北アルプス高山帯にニホンジカが進出することで,多数の固有種の消失を招く畏れがある。高山帯の良好な自然環境と貴重な高山植物の保全を行うことは急務である。  南アルプスでは,ニホンジカの問題が顕在してから対策を始めるまでかなり時間がかかり,すでに手遅れになった点が多々あることが悔やまれる。ニホンジカの保護管理を効果的に進めるためにも,早急に北アルプス地域のニホンジカ分布域の拡大過程と移動ルートの推定が必要である。かりに北アルプスの,かけがえのない高山植物群落を失うことになり,南アルプスと同じ轍を踏むことになれば,環境行政や鳥獣害対策に関わってきた者として,後世に顔向けすることができない。予測される危機を回避するために,最も重要なことは今できると考えられる予防の対策を,最大限の努力をもって行うことである。  北アルプスの高山帯において,各機関による調査により,センサーカメラ撮影された個体は若齢オス個体が殆どを占め,これまでほとんど生息が見られなかった地域への分布の拡大を示していると考えられる。成獣個体は移動時期や移動経路など「季節移動」のパターンに大きな年次変動がないことから,新たな分布域の拡大は若齢個体の「分散」(dispersal)により引き起こされていると考えられる。「季節移動」(Seasonal migration)は夏期の行動圏と越冬地間の春秋の移動であるが,「分散」は新たな生息地への一方的な移動である(Greenwood 1980)。シカ類の分散についての報告は,北米のオジロジカ(Nelson, 1993; Long et al.,2010)での数報に限られ,シカ類がどのように分布を拡大してゆくのか,その関連性は明らかになっていない。本報告では,北アルプスにおいて,GPS発信器を用いた行動追跡から初めて明らかになった,出生群からの分散の過程など,新たな知見をもとに報告したい。

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