日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 804
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発表要旨
ポルトガルのナショナル・カリキュラムにおけるコンピテンシーの特徴
*池 俊介
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抄録

   近年、ドイツを中心とするヨーロッパ諸国においては、断片的な知識や技能を重視するのではなく、人間の全体的な能力である「コンピテンシー」として教育目標を定義し、それに基づいてナショナル・カリキュラム(日本では学習指導要領に相当する)を開発する動きが広がっている。その背景には、従来からの「教育内容」中心のカリキュラムから「資質・能力」育成を重視するカリキュラムへの転換、すなわち「何を知っているか」だけでなく、「それを使って何かができる」ことを重視しようとする国際的な教育界の潮流が存在している。 課題の解決に必要な資質・能力であるコンピテンシーを重視する動きは、当然ながら日本の教育界にも大きな影響を与えており、とくに2014年3月に文部科学省の有識者会議「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容のあり方に関する検討会」が「論点整理」として報告書を公表して以降、コンピテンシーを重視したカリキュラムの構造的な見直しに向けた活発な議論が展開されている。 今後、地理教育が現代的な諸課題の解決に積極的に貢献して行くためには、当然ながら地理的な知識の習得を図るだけでは不十分である。とくに、学校教育においてESDの普及が進むなか、地球環境問題や経済的な地域格差等の問題を解決するためのコンピテンシーの育成が急務とされており、ESDを担う中核的分野である地理教育に対してコンピテンシー育成への貢献が強く求められている。地理教育の意義や価値が社会的に広く認知され、学校教育における地理教育の存在意義を明確に示すためにも、コンピテンシーの育成に地理教育が積極的に関わる必要がある。 そこで、本発表では、コンピテンシーの育成を重視したナショナル・カリキュラムに基づく教育が進められているポルトガルを事例として取り上げ、地理教育で育成が目指されているコンピテンシーの内容を検討するとともに、その課題を明らかにすることを目的とする。
  ポルトガルでは、1986年に教育制度基本法が制定されて以降、抜本的な教育改革が進められてきた。とくに、2001年には『基礎教育ナショナル・カリキュラム-必要とされるコンピテンシー-』が公表されたが、その中で教科横断的な一般的コンピテンシーとは別に、「地理」を始めとする主要教科で育成すべきコンピテンシーの内容が示された。ポルトガルにおける地理教育は、基礎教育第1期(第1~4学年)では「環境学習」、第2期(第5~6学年)では「ポルトガル歴史・地理」、第3期(第7~9学年)では「人文・社会科学」の中で行われているが、『ナショナル・カリキュラム』では、この9年間を通じて「地理」で育成すべきコンピテンシーが体系的に示されている点に大きな特徴がある。
   『ナショナル・カリキュラム』の「地理」では、第1期が「地理的環境の発見」、第2期が「ポルトガルの地理的空間の発見」、第3期が「ポルトガル・ヨーロッパ・世界の発見」の段階として位置づけられ、それぞれの時期ごとに「専門的コンピテンシー」と、具体的な活動内容を示した「学習経験」が記述されている。このうち「専門的コンピテンシー」は、「位置」「場所・地域に関する知識」「空間の相互関係のダイナミズム」の3領域から構成され、発達段階に応じたコンピテンシーの育成が企図されている。 コンピテンシーへの関心が高まる中で、教科学習の現代的課題に正面から取り組むことなく、思考プロセスにおけるスキル指導だけが導入される危険性が指摘されているが(石井2015)、ポルトガルの場合、少なくともナショナル・カリキュラムのレベルでは地理学習固有の概念や方法を踏まえたコンピテンシーの育成が目指されている。

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