日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 305
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発表要旨
「隠れたチャンピオン」企業の進化にとっての地域の意味
*山本 健兒
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抄録
本報告の目的は,低い知名度でありながら特定商品の国内市場や世界市場で高いシェアを持つ「隠れたチャンピオン」のうち、周辺的地域に立地する企業が何ゆえにそうなりえたのか,その成長にとって地域的環境が意味を持ったのか,といった論点を考察することにある.そのために事例企業の代表者への詳細インタビュー,同社提供資料,各種のメディア情報を活用した.

事例企業は佐賀県南西部に立地する A社である。同社の主力商品は「ファインブランキングプレス機」(FBプレス機)である.通常のプレス機での金属加工であれば,加工対象金属の切断面が平滑にならないので,バリトリ等の二次加工が必要になる.しかしFBプレス機であればそれが不要となる.しかも,鍛造・半抜き・曲げ・絞りといった各工程を組み合わせなければできなかった金属加工をプレスで可能にする機械である.三次元形状の複合成型プレス機ということもできる.それゆえ,精密加工でありながら量産が可能となる.

FBプレス機が開発されたのは1922年,スイス人によってである.当初,薄い金属板の加工しかできず,ミシン部品などの生産に使われた.しかし1970年代半ば以降に自動車部品の加工にも用いられるような改良がなされ,厚さ20mm程度の金属板を複合加工できるまでになっている.トランスミッションや空調機などの自動車複合部品を構成する金属部品を加工する機械に,それはなっている.実際,FBプレス機を導入しているのは,自動車部品生産企業に多い。

A社は日本国内のFBプレス機市場で70%のシェアを獲得してきたし,世界シェア30%以上を獲得している.2006年時点でFBプレス機製造企業は全世界で8社しかなく,そのうち5社が日本企業だった.それゆえ,A社は世界市場でも有力と言える。

A社は1922年に佐賀県南西部の藤津郡塩田町で,地域農家への肥料販売を営むために森共同肥料(株)として,現社長の曽祖父母によって創業された.1944年に久保田鉄工の農機を販売するようになり,農機修理も手がけるようになった.戦後,佐賀県農林部の依頼によって釜入り茶製造機を開発し,販売するようになった.これが可能だったのは,佐世保の海軍工廠での機械製造と何らかの関わりをもつ人が従業員のなかにいたからだとのことである.1948年に鹿島に移転し,1956年に三菱電機長崎製作所の下請でモーター部品を生産するようになった.その主要技術は製缶だった.

油圧プレス機生産を開始したのは1971年である.これは,単なる下請からの脱却を目指す先代社長の経営方針と,機械加工・機械組立,設計,電気制御の各技術分野で能力を持つ従業員が中途入社していたので可能になった.

油圧プレス機の販売先は北日本の板金加工企業が多かったが,佐賀県内に立地する企業からの大量受注もあった.しかし,後発のA社にとって,その市場で優位性を発揮するのは困難だった.そこで,先代社長が東京にある自動車部品メーカー役員と知己になった際に,「FBプレス機を日本企業が開発すれば使いたい」と話されたことを契機に,両社で1981年にその開発に取り組んだ.FBプレス機に装備する金型は,その自動車部品メーカーが開発生産した.その後,A社は,FBプレス機の顧客を関西でも獲得したが,故障が頻発し,修理やメンテナンスのために毎週末,技術者がその顧客工場に通うほどだった.しかし,顧客工場現場で各顧客独自のニーズを把握して開発・生産・保守をすべきという経営方針とその実践の積み重ねにより,A社のFBプレス機は次第に自動車部品金属加工に携わる国内諸企業の信頼を勝ち取っていった.

A社の進化を可能にしたのは,機械製造に関する知識形成である.たとえ,顧客が近隣にいなくとも,基盤知識を持つ技術者が顧客工場現場を訪問し,各顧客独自のニーズを把握することによって,その知識を向上させうるのである.

A社の主要顧客は,今や九州北西部ではなく,自動車部品金属加工メーカーが多数ある関東,東海,関西などに広がっている.顧客との繋がりも生産ネットワークの構成要素と考えるならば,日本国内のみならず,東・南アジアへの輸出比率も約30%に達しているので,その生産ネットワークは世界規模に広がっている.

しかし,地域とのつながりが意味を失っているわけではない.従業員の多くは地元出身者だからである.また,機械製造企業への進化過程において,三菱電機の下請,ここからの脱却,油圧プレス機の生産継続を可能にする大量受注の発注者が佐賀県内に立地する企業によるものだったことなどを考えると,地域はA社の進化にとって意味を持っていたと言える.しかしFBプレス機の開発と改良にとって地域は意味を持っていないと言わざるを得ない.
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© 2017 公益社団法人 日本地理学会
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