抄録
I. 気候変動への適応に関する動向
2014年3月に公表された「IPCC第5次評価報告書第2作業部会報告書」では、気候変動への適応に関する記述が大幅に増加した。2015年11月には、政府が「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定した。気候変動対策は、これまで温室効果ガスの排出削減策(緩和策)が主体であったが、それに追加して、変化する気候に適応する対策(適応策)が求められるようになってきた。具体的には、農産物の栽培適地の変化、集中豪雨の増加に伴う災害発生数や規模の増大、熱中症発送者数の増加に対応する対策などである。国の適応計画の閣議決定を受け、独自の適応計画や基本方針などを策定する地方自治体も増えている。
II. 気候変動適応技術の社会実装プロジェクト
2010年に、気候変動の影響評価と適応策、または影響評価に資する気候シナリオの作成などを目的に、文部科学省、農林水産省、国土交通省、環境省で省庁レベルのプロジェクトが開始された。このうち、文部科学省RECCAと環境省推進費S-8の流れを受け、2015年12月に文部科学省のあらたな気候変動適応プロジェクト、「気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)」が開始された(図1)。 本プロジェクトの特色として以下が挙げられる。
1) 2030年頃の近未来を対象とした気候変動予測技術の開発、2) 空間分解能の高い気候シナリオの開発、3) 気候変動の影響を評価する技術の開発、4) これら気候変動適応技術のモデル自治体等への社会実装。
III. 暑熱分野の社会実装
モデル自治体等を対象とした社会実装の内容は、農業、防災、生態系、暑熱対策など多岐に渡り、SI-CAT内のワーキンググループなどで検討が行われている。暑熱分野では、埼玉県で予定されるラグビーワールドカップ、オリンピックの会場予定地で予定されている暑熱対策の超高解像度暑熱シミュレーション(2mメッシュ)と、実測による効果測定などが行われている。
また、日本全国を対象とした社会実装を目指すためのツールとして「SI-CATアプリ」を開発する。その中で、多分野の気候変動影響評価と適応策実施による影響低減の効果を示す。暑熱分野からは熱中症などに関連する全国暑熱影響マップなどが盛り込まれる予定である。
今回のシンポジウムでは、これらの暑熱分野における社会実装に向けた取り組み事例が紹介される予定である。
IV. 気候変動適応に対する地理学の貢献
地域の適応計画の策定支援や、地域で適応技術の普及に取り組むにあたっては、行政の仕組み、研究の詳細、地域特性の十分な把握が望まれる。気候変動適応の社会実装に関しては、自然科学と社会科学の両面を併せ持つ学問分野として、地理学が大きく貢献可能であると考える。総合討論の場では、本内容に対する地理学の貢献を含め、暑熱分野を中心に気候変動適応に対する様々な議論を行いたい。
本研究は、文部科学省気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)の支援により実施された。