抄録
はじめに  報告者らは、ラオスの小規模農村における生業と人口の相互関係を明らかにする研究プロジェクトの一環として、ラオス中部における焼畑農村(アランノイ村)において、小型GPS及び加速度計を用いたタイム・アロケーション調査を行い、村落住民の日常活動の時空間分布、栄養収支及び健康リスクとの関係を検討した。  調査地  アランノイ村は、ラオス中部セポン地区に位置する山地少数民族の集落である。当該地域は、中国、ベトナムの企業及び個人による投資で、近代化が急速に展開しつつある。かいつまんで言えば、住民の生活に、低栄養、マラリアの感染やそれに関連する低出生率などの健康問題もあれば、焼畑休耕期間の短縮・収量の不安定化など生活・生業システムの変容からもたらされた様々な不都合も生まれつつある。これから、どのように変わっていくのか、住民はどのように変化に対応していくべきなのか、そしてどのように確実に現地の生態システムを保全しつつ、持続的に住民の生活を向上させていくのかは、地域研究のみならず、開発学、保健学の分野においても、重要な課題となる。これらの進行している問題を視野に入れつつ、本報告は、同じグループの佐藤廉也氏らの栄養に関する報告に合わせて、生活時空間配分の側面から、アランノイの生活の現状を報告する予定である。  方法  2016年6月、報告者らは、アランノイ村18~65歳までの健常者から30人の成人男女ボランティア(男女それぞれ15人)をリクルートし、連続5日間以下の調査を実施した:(1)小型GPS(HOLUX 241)及び加速度計(SUZUKEN, Lifecorder EX)を装着してもらい、生活行動の空間情報及びそれに対応するエネルギー消費の情報を収集;(2)主な生活時間のリコール調査:6時から18時まで、焼畑作業・家庭菜園作業・狩猟・漁労・採集・家事労働・娯楽などのカテゴリで、すべての調査参加者に、一時間ごとの主な活動内容を聞き取りした;(3)ArcGIS 9.3 (ESRI Inc.)、VBA(Microsoft Inc.)を用いて、集落周辺の土地利用図をベースに、上記データの時空間結合を行った。(4)上記3で作成したデータベースに基づいて、SPSS 22.0(IBM Inc.)で統計分析を行った。  結果  (1)調査期間(セミ農繁期)中における、男女活動範囲の差:軽・中・強程度の活動を行った範囲において、男性参加者の平均半径は、それぞれ345±506m、623±583mと553±506mであり、いずれも女性の259±407m, 354±420mと175±221mより広かった(t-test, p<0.001);(2)活動内容リコール:男女の畑労働時間はそれぞれ3.6±1.4と3.9±1.8時間であり、有意の差がなかったが、GPSの記録は、男性がより集落から遠い焼畑での作業(32%)、女性がより集落に近い家庭菜園作業(18%)に集中する傾向を示した;(3)加速度計によって計算した身体活動レベルの結果:セミ農繁期の男女はそれぞれ1.81±0.31と1.79±0.33という中から強程度にあった;(4)生体計測の結果:男女のBMI平均値は、それぞれ20.0±2.2と19.2±1.3で、いずれも安全レベルの18.5以上にあったが、25%の女性は安全レベル以下に下回っていた。  まとめ  (1)男性参加者の活動範囲の広さ/遠さ(焼畑作業)は男性のマラリア感染リスクに寄与していると考えられる;(2)開発による焼畑の常畑化(ゴムプランテーションへの転換)は、さらに焼畑の位置を遠い森林に移させる恐れがあり、対策を早期にとるべきであろう;(3)活動レベルの強さと食事摂取の状況(同グループ佐藤氏ら発表を参照)を考えると、アランノイ住民は、慢性的な栄養失調の状態にあると推察できる;(4)慢性的な失調に対応するために、ある程度の食物援助(特に収穫まえのセミ農繁期に)を行う必要がある;(5)慢性的な栄養失調と女性の妊孕力そして低出生率との関係性の解明は今後重要な課題になる;(6)このパイロット的な調査研究は、ある程度地域住民の生活活動を把握するのに有効性を示したが、今後住民の生活全体像を描き出すために、異なる生活シーズンの行動調査や定量あるいは半定量的な食事調査による栄養収支評価を行うべきである。