日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 918
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発表要旨
元禄八年作成の大津町絵図に関する一考察
*西村 和洋
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抄録

研究の背景 
土地家屋調査士は、不動産取引の安全の確保、国民の財産を明確にするために不動産の調査及び測量を行う国家資格者である。業務においては土地境界の調査や確認は不可欠な要素である。土地家屋調査士としては、その業務の性質から、最も原始的な土地境界を示していると考えられる近世絵図について、これまでも少なからず関心を持ってきた。しかし土地一筆毎に書き分けられた大縮尺の近世町絵図に関する研究は、城下町絵図や国絵図等に比べると数は少なく、明らかにすべき課題は多いように見受けられる。実際、今日の土地境界は、実は近世初期の地割・屋敷地割をそのまま継承したケースが多いことが各地の調査で判明してきている。そこで今回は元禄八年(1695)に大津代官に提出された大津町絵図群に着目し、特に図に描かれた地割についての特徴について明らかにしたい。

研究目的
大津市発行の「図説大津の歴史」において、元禄八年大津町絵図について以下のような解説がある。『この大津町で元禄八年十月、各町いっせいに絵図の提出が指示された。絵図には、町内各戸の間口と奥行、所有者、町内の各施設などが丁寧に記入されており、当時の町の景観や構造がよく分かる。(中略)同絵図は、現在所在が確認されているだけでも、大津百町の内の約80%にのぼっている。いわば300年前の大津町の景観が詳細かつ正確に復元可能で、全国的にも貴重な資料といえる』現在は滋賀県指定文化財でもあるこの絵図群について、その特徴を整理し、同時期に作成された他都市の絵図と比較した。併せて大津において明治期以降に作成された地籍図についても比較検討の対象とした。空間的要素に時間的変化を加え、絵図上に記載された地割について今日との共通性を明らかにする。

他都市町絵図との比較
元禄八年大津町絵図については、まずその奥書に図の提出の宛先として代官の氏名のみ記載されているが、元禄二年に町絵図が作成された堺では堺代官に加えて与力、同心に至るまで署名が見られる。また、大津町絵図の裏書には作成の際に「年寄」「屋敷主」が現地立合を行った旨、さらに一部の図には作成者が「大工」であるとの記載まで見られた。また当時、坂本町内に蔵屋敷を所有していた酒井河内守や分部隼人正等の大名家家臣が町人と同じ家持人としての立場での署名が見られるが、他都市では類例がないと思われる。図中の記載情報については、大津町絵図は幅の最小単位が「分」であるが、堺町絵図であれば最小単位は「間」(半間)である。また大津町絵図では各屋敷地割についても表口・奥行に加え裏口の幅の記載があった。さらに四辺の幅の記載がある屋敷地割さえも複数見られた。これらの幅に関する詳細な情報は、今回比較のために行った面積計算にとって非常に有用であった。 

大津町絵図の地割の特徴
大津町絵図に描かれた地割について、元禄期の屋敷地割の情報を使用して換算し、明治期作成の地籍図記載の数値との差を比較する。なお、地籍図(地券取調総絵図)記載の数値をそのまま換算したものが現在、法務局にて取得できる地積情報であることは他の大津の町も含め既に確認していることから、現在の登記情報と比較したともいえる。また、今回の計算に当たっては「分」以下の単位は判読が困難であったため、あらかじめ切り捨てた。例として丸屋町(現在は大津中央一丁目)について取り上げたい。同町内の元禄期に既に区画された屋敷地割39筆の内、幅情報が判読可能な33筆について、地籍図(地券取調総絵図)に記載された地積との差を比較した。計算の結果、元禄期の屋敷地を明治期(現在)屋敷地で除したところ、実に8割をこえる28筆の地積が5%以内の誤差内に収まるという結果が確認できた。なお、一筆毎の誤差を平均すると102%、総筆を合算した全体の誤差率は101%でわずかに元禄期の地積が大きいという結果となった。しかし、そもそも明治期の面積の最小単位が「歩」であり、歩以下の数値を除外している点、また今回の結果は現在の国土調査における許容誤差の範囲内の数値でもあり、総じて高い精度を持つといえる。なお、大津町絵図については一間を六尺三寸で測量したと記した資料もあるが、この数値結果から一間は六尺五寸で測量したとみるのが正しいと考える。

まとめにかえて
今回、大津町絵図の内、丸屋町の事例を取り上げた。結論として、元禄八年作成の大津町絵図に記された屋敷地割に関しての幅情報は非常に精度の高いものであって、以降変更されることなく明治から現在へと情報が引き継がれていることが確認できた。なお、今後はさらに調査の範囲を拡大し全市的な絵図の精度の確認を行うとともに、複数回の沽券改を経て地籍図・公図へと引き継がれていく過程での測量や製図の詳細について明らかにすることを今後の課題としたい。

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