抄録
1.研究の背景
2014年に東京都の代々木公園を中心としたデング熱の流行発生(70年ぶりの国内感染による流行)が示すように,日本における蚊感染性感染症の対策は喫緊の課題となっている.しかし,日本においてデング熱の流行リスクがどのように分布し,気候変動の影響によりそれがどのように変化していくかについては良く分かっていない.本研究では蚊媒介性疾患の理論疫学モデルに基づいた流行リスク指標を用いて,気温分布に基づく日本全土のデング熱流行リスク分布および気候変動予測に基づく将来の流行リスク分布を推定した.
2. 分析手法
気温の分布データは,1981~2010年の気候平年値および2031~50年の将来予測データ(地球温暖化予測情報
格子点値 気象庁)と2014年を含む近年の気象観測値 (アメダス
気象庁)を用いた.
デング熱の流行リスク指標としてロスマクドナルドモデル に基づいたrVcを計算した.
a: 吸血の頻度
bm: 1回の吸血による人間から蚊への感染確率
bh: 1回の吸血による蚊から人間への感染確率
n: 外潜伏期間(蚊の潜伏期間),μm: 蚊の死亡率
rVcは感染した蚊が人間の間に感染症を広める能力を示す指標であり,この値が高いほどデング熱の流行ポテンシャルが上昇し,0.2を超えると流行発生への注意が必要とされる. 蚊と人間の人口比の影響を調整した指標であり(すなわち,蚊の個体群密度そのものは評価しない),気候値からみたリスク分布推定の基礎として利用される.モデル中のパラメターはそれぞれ媒介蚊の種類および気温に依存する。日本におけるデング熱媒介蚊は、ヒトスジシマカと想定されており、気温を変数とするパラメターの具体的な数値はCheng et al.(2016)において整理された既往研究の成果を参照した.気温データとして前述のデータを投入し,それぞれrVcがどのように分布・時系列推移しているのかを算出し,GISを用いてリスクマップを作成した.
3. 分析結果
代々木公園近辺のアメダス観測所によって取得された2014年度の気温データに基づくヒトスジシマカのrVcの日別推移をみると,流行発生期間(8月から9月)はrVcが0.2を超える期間とほぼ一致することが分かる(図1)
また,2010年の気温分布の推定値データおよび将来推計データを用いてデング熱の流行リスクマップを描くことで,現在と将来の流行リスク分布を定量的に評価した(図2に将来のリスク分布図を示す).
4. 考察
2014年の流行発生の事実と照らすことにより研究手法の妥当性について確認した上で,日本のデング熱流行リスクの空間分布と気候変動の影響を定量的に明らかにした.