日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S304
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発表要旨
広東省のムスリムから中国の改革開放40年を考える
*高橋 健太郎
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抄録

1.改革開放と広東省
 中国では、1978年の中国共産党第11期3中全会から、改革開放政策により経済システム改革と対外開放が促進された。広東省はその影響を強く受けた地域の一つである。1980~1981年には、省内の深圳市、珠海市、スワトウ市に経済特区が設置され、外資誘致や技術移転が進められた。1985年には、珠江デルタが沿海経済開放区となり、製造業が活性化した。その後1980~1990年代にかけて、広州や深圳などに経済技術開発区やハイテク産業開発区、保税区が設置され、商工業がさらに活発になり、産業が高度化している。また、広州市では毎年2回、中国最大の輸出入商品の展示会「中国輸出入商品交易会」が開催されている。
 1980年代以降、商工業の発展にともなって、内陸部から広東省へ多くの人々が移動している。このような人口移動については、農民工、つまり都市に出稼ぎに来て工業や建設業などに従事する農村出身者に関する研究が多い。加えて、ホワイトカラーの移動についても研究が進められている。本発表では、広東省に暮らすムスリム(イスラム教徒)に着目し、その特徴や変容から、中国の改革開放によって生じた人口移動や地域変容の一端を考察する。なお、本研究は、2015年8月に広州市、2017年8月に深圳市で行なった地域調査にもとづくものである。
2.広東省のムスリム
 広東省のムスリムは中国籍と外国籍に大別でき、中国籍ムスリムには、親やそれ以前の世代から省内で暮らす本省出身者、および主に1980年代以降に移り住んで来た他地域出身者がいる。中国では戸籍にも登録される民族[minzu]をみると、本省出身のムスリムは大部分が回族で、他地域出身のムスリムには、「イスラームを信仰する少数民族」とされる10の民族がすべているが、回族やウイグル族が多い。また、少数ではあるが、本省出身者と他地域出身者の両方に漢族ムスリムもいる。外国人ムスリムの出身国は、中東のシリアやイラン、南アジアのインドやハ゜キスタン、バングラデシュ、アフリカのマリやコンゴ、ギニア、ガーナ、ケニアなどである。なお、それぞれの人口は、広州市の例では、本市出身者は約5千人、他地域出身者は約5万人、漢族ムスリムは数百人、外国人ムスリムは約10万人と推計されるが、他地域出身者と外国人は流動性が高い。
 他地域出身の中国人ムスリムは1980年代に増えはじめ、行商人や、ハラール・レストランを新しく開いた人が多かった。2000年代以降にさらに増加し、ハラールのレストランや食料品店を開いたり、外国人ムスリムの会社で通訳や事務員として働いたり、自身で貿易関係の会社を開く人もいる。この時期の他地域出身ムスリムの増加の背景には、中国内陸の山間部で環境保全のために耕作が禁止され外部地域への移住が進められた政策がある。
 漢族ムスリムは、以前にも回族などのムスリムとの婚姻に際してイスラームに改宗した人はいたが、改革開放期には、中国においてイスラームが世界宗教であることが認識されたり、比較的自由に宗教を信仰できるようになったこと、さらに外国人の経営する会社で働くなどムスリムと接する機会も増えたことから、婚姻以外の理由で改宗する漢族も増えている。
 外国人ムスリムは1990年代後半以降に増加した。その理由は、1997年の東南アジア金融危機により、それまで東南アジアで働いていた外国人が中国に移ってきたこと、および2001年の中国のWTO加盟を契機として、輸出商品を目当てにより多くの外国人商人が広東省に集まるようになったことである。外国人ムスリムは、衣服や雑貨、電気製品、IT機器などを中国で購入したり製造して、外国に販売する業務に携わっている人が多い。また、増加した外国人ムスリム向けに、ハラールのレストランや食料品店を経営したり、商品運送などの仕事をする外国人もいる。
3.ムスリムの増加・多様化と地域への影響
 ここまで見てきたように、広東省におけるムスリムの増加・多様化は、改革開放期の対外開放や商工業の活性化、比較的自由に国内を移動できるようになったことなどと深い関係がある。ムスリムの増加にともない、広州市や深圳市ではモスクが新しく建設されたり、多数のハラールのレストランや食料品店、ヴェールなどを売るムスリム向け衣料品店ができ、地域の景観や雰囲気に変化をもたらしている。
 中国籍や外国籍のムスリムの滞在長期化や定住化が進むなかで、すでにモスクやムスリム用墓地、子女のためにハラールの食事を提供する学校の不足などが表面化している。また、中国の人件費が上昇し、産業構造の転換が図られるなかで、今後は広東省のムスリムの人口や就業形態に変化が生じることも考えられる。

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