抄録
1. 序論
「地方創生」政策を背景として,日本の農山村地域では都市部からの移住促進を図り,地域づくりに寄与する若年層人口の確保を行っている.若年層の農山村への人口流動は「田園回帰」(藤山2015)と称され,見逃せない動向となっている.地理学や農村計画学では,農山村移住にあたって地域に存在する様々なアクターの役割が検討されてきた.中でも近年,地域コミュニティによる移住促進活動が確認されるようになり,その役割や意義,他アクターとの関係性などの活動の多様性に関する議論が求められている.
本稿では地域コミュニティによる移住促進活動が盛んに行われている長野県伊那市をとりあげ,上記の課題について検討する.現地調査は2017年10月と2018年5月に行い,地域コミュニティの中心となるメンバーおよび地域コミュニティを利用して移住した移住者に聞き取りを行った.
Ⅱ.伊那市における移住促進の取り組み
伊那市では2014年より行政による移住促進の取り組みが開始された.その内容としては,移住・定住相談窓口の開設,お試し暮らし住宅の提供,空き家バンクの運営,移住体験ツアーの実施,伊那市への移住に関するプロモーションなどがある.中でも最大の特徴として挙げられることは,伊那市内各地区の地域コミュニティを移住促進団体として位置づけ,独自の「田舎暮らしモデル地域」指定を行い,助成を行っていることである.「田舎暮らしモデル地域」に指定された新山,溝口の2地区では,地域コミュニティが独自の取り組みを行い,移住者を惹きつけている.また,市内高遠地区には「田舎暮らしモデル地域」指定を受けずに活動する地域コミュニティが1団体存在する.こうした地域コミュニティは地区の問題についての勉強会を前身としており,いわゆる「町内会」や「常会」とは異なる任意団体である。それぞれの地域では学校の存続問題や過疎化の問題から地域コミュニティが設立され,2010年代に入ると,中心となるメンバー達によって移住者の受け入れを推進してきた.当該地区の学校や環境に魅力を感じ,移住を想起する移住者も多く存在する.
活動の内容は,①物件情報の提供,②移住希望者への地域情報の紹介,③移住者の地域活動への勧誘,④地域づくり活動の推進の4点が挙げられる. ①は委託の信頼性などの問題から流動化の進まない空き家に関して情報収集を行い,不動産や空き家バンクを仲介することなく移住者への情報提供を行っている.その結果,当該地区では空き家の流動化が進み,移住者受け入れの基盤となっている.②については,移住前の段階でWebサイトや地域のイベントを通じて移住希望者に地域情報の提供や地区の中心となる人物の紹介を行っており,その綿密な対応によって移住を決める移住者もおり,移住後もすぐに地域に溶け込みやすい環境が構築されている.③については移住の段階で基本的には地域の活動(常会等)へ参加してもらうよう呼びかけているが,強制力をもつものではない.④については地区ごとに特徴ある都市農村交流や地区内外での活動を行っており,地域の魅力向上に寄与している.
Ⅲ.考察
地域コミュニティの活動の指針や方向性については3地区で微妙な差異が確認できる.また,地区内に存在する市営住宅の居住者に当該地区への定住を促したり,一方で斡旋可能な空き家の不足により市営住宅の活用がみられたりと,他アクターの提供する資源の有効活用がみられる.
勿論こうした議論は各地域の特性に応じて議論されなければならないため一概に結論付けることはできないが,本研究で示されたような地域コミュニティの移住促進活動の多様性は,賃貸住宅の少なさや活動人員確保の難しさといった農山村地域の特性を反映して形成されていると考えられる.
参考文献
藤山 浩 2015.『シリーズ田園回帰1 田園回帰1%戦略-地元に人と仕事を取り戻す-』農山漁村文化協会.