日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S402
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発表要旨
自然環境の変化を許容することの重要性
上高地を例にして
*若松 伸彦
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抄録
1.はじめに

北アルプスの長野県上高地は,毎年,150万人ほどの国内外の観光客や自然愛好家が訪れる日本を代表する山岳観光地である.そのため,数多くの宿泊施設や土産店など整備された観光施設がある.上高地は国立公園の特別保護地区,特別名勝・特別天然記念物に指定されており,国によって「守るべき自然」と定められている場所であり,マイカー規制など自然保護の観点からの取り組みが行われている.一方で,さらに観光客の利用の便を図るため,もしくは,訪問客の安全を確保するという理由で,人工的な自然改変が行われ続けており,その保護の姿勢には疑問が呈されている(上高地自然史研究会 2016).



2.変化することによって維持されている自然環境

上高地を流れる梓川は2500mを超える山岳が周囲を囲まれており,高頻度で土砂の供給が行われている。梓川の河原には,その攪乱頻度や,攪乱によって形成された立地の違いにより,ヤナギ類をはじめとした先駆樹種群落、ハルニレ、ウラジロモミなどの遷移後期樹種、河畔林の林床植生を主とした草本群落など様々な植生がモザイク状に分布し上高地の自然景観を形成している。これら氾濫原に成立している河畔植生は梓川の微地形形成作用と攪乱作用に大きく依存して維持されている。特に上高地を代表する樹種であるケショウヤナギは高頻度の攪乱があることで個体群の維持が行われている(上高地自然史研究会 2016).

また,梓川の両岸には下又白谷や奥又白谷など大規模な沖積錐が多数存在しており,タニガワハンノキやトウヒ優占林などの特徴的な植生がみられる。上高地の沖積錐上に成立しているこれら植生も河畔植生同様に,高頻度で発生する土石流などの地表攪乱に依存して成立している。

このように,上高地を形作っている自然景観の多く,特に植生は,高頻度で発生する地表攪乱によって維持されている.



3.自然環境の変化を許容しない人為的自然改変

上高地では人為的自然改変の現況調査から様々な工事が地形や植生に影響を及ぼしていることが懸念されている(上高地自然史研究会 2016).これまで自然地理学者や生態学者によって構成される上高地自然史研究会による,20年以上に渡る調査により,工事用車両に形成された作業道路が梓川の河原では確認されており,それが数年間維持されることが明らかになっている.また,護岸や河床を横断する仮設橋が下流の河床に及ぼす影響も懸念されている.

梓川の河道の固定化と河床地形の改変は、限定された地域に高頻度の撹乱をもたらす可能性がある.一方で,これまである程度の間隔で攪乱が生じていた地域では,攪乱が皆無となり,これまで少面積だった極相樹種優占林の卓越や,これまで存在しなかった高茎草本による草原植生が発生している.また,登山道や宿泊施設を保護する目的の護岸は,その目的通りに河畔林への氾濫の流入を妨げており,河畔林そのものを破壊する河道の移動などの強度の攪乱も行われない状態になっている.

攪乱体制を維持しながら植物の種多様性,上高地特有の自然景観を維持するためには,梓川の移動が広い範囲にわたって保障され、一部のエリアに攪乱を集中させないことが必不可欠であり,これと山岳観光との両立をどのように図るかが重要な課題である。
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© 2018 公益社団法人 日本地理学会
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