日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 827
会議情報

発表要旨
中山間地域における単身高齢者の食生活とソーシャル・キャピタル
*中村 努
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ.はじめに

 中山間地域では生活していくうえで欠かせない食料品や医療・介護サービスへのアクセシビリティが悪い状況において,家族による介護や近隣住民によるコミュニティ機能が健康な食生活を可能にするためのセーフティネットの役割を果たしてきたといわれる。しかし,高齢化や独居・高齢夫婦世帯の増加,コミュニティ機能(ソーシャル・キャピタル)の低下は,健康な食生活を阻害し,互助や共助による介護力の低下につながる可能性がある。また,必要な医療・介護サービスが満足に利用できない低所得世帯も多いとされる。本発表では,条件不利性の高い中山間地域において,栄養状態とソーシャル・キャピタルとの関係を検討する。そのうえで生活支援にかかわる各提供主体が健全な勤務環境を維持しつつ,中山間地域の条件不利性を克服するための支援のあり方を考察する。



Ⅱ.研究対象地域の概要

 研究対象地域は,2004年に3町村が合併する以前に存在した旧村で,合併後に新たに誕生した町の中部にあたる。新町の東南部は県庁所在都市に隣接し,北部は他県に接しているうえ,広大な面積を抱えているため,その地域特性は一様ではない。役場のある南部の中心地区の人口は2万人余りを数え,平地部に人口密度の高い市街地や集団的な農地が広がっている。一方,北部と中部では,山林が卓越する人口低密度地域である。同町の高齢化率は2015年現在,34.8%であるが,南部地区では32.2%を示す一方,研究対象地域の中部では,51.8%,北部では49.8%を示すなど高齢化の進展度における地域差は大きい。

 中部は人口低密度の中山間地域であり,在宅医療の実施に遠隔性や自然条件などの地理的特性を背景に困難がともなう。医療機関や介護施設は南部に集中することから,河川沿いに点在する山村集落の住民にとって,こうした施設へのアクセシビリティは悪い。独居高齢世帯の増加によって,コミュニティ機能の低下も危惧される。こうした生活支援ニーズに対して,北部では,旧自治体や住民による多様な生活支援が行われている実績がある。一方,中部では,社会福祉協議会の関連団体によって,2カ所のサテライト拠点において隔週のデイサービスが実施されてきた。これらは,年齢や障害の有無にかかわらず,誰もが気軽に集い,必要なサービスを受けることができる地域福祉の拠点で,地域福祉活動に係る課題への対応またはニーズの把握,その他小規模多機能支援拠点として必要な機能を担っている。しかし,依然として,75歳以上の単身高齢者世帯において,日常生活の不便を抱える世帯が潜在的に多いことが予想された。そこで,中部において,生活支援機能を充実させるための拠点づくりを目的として,2017年7月から9月,戸別訪問による生活支援ニーズを把握するためのアンケート調査を行った。その結果,149世帯から有効サンプルを回収した。回収率は93.1%であった。



Ⅲ.食生活とソーシャル・キャピタルとの関係

 当該地区において,医療・福祉サービスや食料品への相対的アクセシビリティは低いうえに,地域差がかなり大きく,個人商店や医療機関へのアクセスが悪いにもかかわらず,交通手段を徒歩に依存する高齢者にとって,移動販売や家族による通院および買い物支援が不可欠となっていた。しかし,移動販売については事業採算性の問題から,小規模集落からの撤退も一部みられ,移動販売も含めた食料品アクセスの二極化がうかがえた。食品摂取多様性得点をみると,回答者の半数以上が低栄養状態であり,男性で食品摂取多様性得点低群割合が高い傾向がみられた。しかし,物理的な食料品アクセスとの関連よりも,食事や料理に困っているという生活支援ニーズが満たされていないことが,食生活の悪化に影響する要因の一つとして指摘された。この低群割合には大きな地域差が認められ,ソーシャル・キャピタルとの関連が示唆された。

 ソーシャル・キャピタル指標として,社会的サポート,地域組織への参加および社会的ネットワークの指標について,6つの変数を作成した。集落別にソーシャル・キャピタル指標をみると,趣味グループ,情緒的サポート提供,手段的サポート提供の低群集住地区が,ソーシャル・キャピタル指標を下げる要因となっていることが明らかになった。こうした地域では,趣味活動への参加が低調で,自分の心配事や愚痴を聞いてくれる人や聞いてあげる人もおらず,病気で寝込んだ時に,看病や世話をしてくれる人も,逆に看病や世話をしてあげる人も少ないことがうかがえる。

著者関連情報
© 2018 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top