日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S603
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気候学からみたモンスーンアジアの風土
*松本 淳
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抄録

1 アジアのモンスーン気候

気象学・気候学では,モンスーン(季節風)気候とは,季節によって卓越風向が反対になる現象のことである。Ramage (1971)では,1月と7月を夏と冬の代表月として,1) 地表風の卓越風向が120度以上変化, 2) 卓越風の出現頻度の平均が40%以上,3) 卓越風の平均風速が3 m/s以上,4) 経緯度5度以内での高低気圧中心の出現が2年に1回以下,との4条件によって,世界のモンスーン気候の分布を示した。この図によると,日本や韓国・中国を含む東アジアは,上記の4)の条件によってのみ,モンスーン気候ではない,とされた。このような地域は世界の他の中緯度から亜熱帯地域には存在しない。

1990年代になると,気象衛星観測の充実により,モンスーン気候のもう一つの側面である夏雨気候が注目され,モンスーン地域の定義を雲活動や降水量から行う研究が主流となってきている。例えばWang and Ding (2008) では,1) 北半球の夏(5~9月)と冬(11~3月)の降水量の差を年降水量で除したモンスーン降水指標(MPI)が0.5以上,2) 夏と冬の降水量の差が300 mm以上の地域をモンスーン気候域とすることを提案している。この定義によると,アジアからアフリカにかけての伝統的なモンスーン地域以外に,世界の全大陸とその周辺域にモンスーン気候が存在することとなり,グローバル・モンスーンとも呼ばれる。しかし,この定義においても,緯度30度より極側にモンスーン気候がみられるのは,アジアだけであり,亜熱帯から中緯度にかけて広がるモンスーンアジアの気候の特異性は,依然として明白である。

2 大陸東西での大きな乾湿コントラスト

 グローバル・モンスーン気候論の一つの主眼点は,多雨の夏雨モンスーン気候と,その西側のやや極側に隣接する乾燥域とが,対で存在することである。この乾燥域が大陸上に広く東西に広がっている大陸は,ユーラシア大陸だけである。換言すると地中海性気候が広大な面積を占めている大陸は,ユーラシア大陸だけである。

 ジャレド・ダイヤモンド(2000)は,東西に長いユーラシア大陸が,農耕の発展に有利であったとし,また,藤本(1994)や佐藤(2016)などは,ユーラシア大陸東部の夏雨地域と,西部の冬雨地域の違いを論じている。ユーラシア大陸東西の気候コントラストが人類史に果たしてきた役割はきわめて大きかったといえる。

3 モンスーンと稲作

 ユーラシア大陸東部のモンスーンの降雨による夏雨地域には,水田が広がっている。篠田他(2009)によれば,この水田から蒸発した水蒸気が,中国大陸上の梅雨前線帯における対流活動を活発化させているという。水田という人間活動が作り出した陸面状態が,モンスーンアジアに特有の大気陸面相互作用をもたらしている可能性がある。

浅田と松本(2012)は,ガンジス川・ブラマプトラ川の下流域において,近年洪水が頻発する一方,バングラデシュでは乾季作が拡大し,1998年の大洪水以降は,乾季米が雨季後期米の生産量を上回るようになったことを示した。洪水を契機とした灌漑の普及が,モンスーンアジアの稲作を大きく変貌させている。

4 大陸東西での気候の将来変化

IPCC(2013)などによる地球温暖化に伴う気候の将来予測においては,熱帯アジアモンスーン域では降水が増加し,地中海性気候域では,乾燥が強まる可能性があることが指摘されている。現在でも大きいユーラシア大陸の東西の乾湿気候コントラストがより強まる方向に向かうことになる可能性が高い。

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