抄録
最近,南海トラフ巨大地震・津波に対する警戒が高まっている.この巨大災害が発生した場合,平野部では浸水が広範囲に及ぶと予想される.浸水域内人口が相対的に増加し,津波避難施設に対する収容人数の超過が予想される.そこで,本研究では地域全体として被害を最小化することをめざし,避難施設の規模(収容可能面積)に着目しながら収容超過人数の空間的再配分について検討する.すなわち,収容超過で避難が不可能になった人々にとって,彼らの居住地(避難元)から別の避難先への再移動がどの程度可能か,GISによる定量的な空間分析を試みる.研究対象として,平野部のために周囲に高台が少なく,南海トラフ巨大地震・津波によって甚大な被害が予想される静岡県浜松市沿岸地域を選定した.
本研究では3種類の避難解析を行う.第一は「単ストップ・避難」.津波浸水時間等により算出した避難可能時間に基づき,津波避難施設からネットワークバッファを生成し,このバッファと重なる人口をクリップ処理することで最近隣に立地する避難施設への避難行動を分析する.図1は,この方法により各避難施設の収容超過人数を推計したものである.第二は「2ストップ・避難」.収容人数を超過した避難施設から,残り避難可能時間内に別の場所(浸水域外もしくは収容面積に余剰のある浸水域外施設)へ避難することを想定した解析を行う.第三は「合理的な単ストップ・避難」.第一の「単ストップ・避難」において,収容人数が超過した最寄り避難施設を避け,あらかじめ他の避難先へ向かうように設定して解析する.なお,これらの避難解析において利用した人口データは,国勢調査250mメッシュである.海岸や河川・湖へ向かって避難することは現実的にはありえない.そこで,これを回避するため,生成したネットワークバッファに対して,避難施設を通り,水域と平行な線を引くことでネットワークバッファを分割し,水域側を取り除くという処理を行う.ただし,水域方向でも近くに避難施設がある場合にはそこへの避難ができるよう,各避難施設から50mの範囲に限ってネットワークバッファを残すことにする.
分析の結果,「単ストップ・避難」による収容超過人数は,全体の居住人数14,552人に対して46%に及ぶことが判明した.また,彼らが「2ストップ・避難」を行った場合,収容超過人数は全体の居住人数に対して26%,「合理的な単ストップ・避難」を行った場合は16%に減少することが判明した.避難先別に避難達成率を比較した結果,居住地と浸水域外との道路距離が離れている弁天島や新橋町では,収容面積に余剰のある避難施設へ避難した方が避難達成率は高くなることが明らかになった.しかし,地域全体としては,浸水域外へ避難した方が避難達成率は高くなることがわかった.
以上により,可能な限り浸水域外へ避難した方が収容超過人数の空間的再配分は可能となることが解明された.しかし,津波浸水は不確実性が大きく必ずしも浸水域外が安全とは限らない.したがって,避難施設を最大限活用した「合理的な単ストップ・避難」による知見を踏まえた居住地別の総合的な避難計画が巨大津波対策には有用である.
