抄録
本研究は,東日本大震災の被害にあった岩手県の三陸沿岸に位置する漁業協同組合(以下,漁協とよぶ)および漁業集落において,震災以降のワカメ養殖業の復旧・復興の推移、地域的差異とその要因を明らかにするものである.本発表では宮古市の重茂地区と田老地区のワカメ養殖業を事例とする.この2地区は,宮古市という同じ市の中で隣接し,岩手県の中でもワカメ養殖業の盛んな地区として知られている.その一方で,後に詳述するが,2地区の地形条件や宮古市までの交通条件,ワカメの加工処理の過程に差異が見られる.さらには,東日本大震災の未曾有の被害からワカメ養殖業を復旧・復興させるにあたり,住民同士のつながりや漁協のリーダーシップも影響していると思われる.以上のことから,重茂地区と田老地区においてワカメ養殖業の復旧・復興の状況とその地域的差異を数値データから明らかにし,2地区の違いを生じさせた要因を考察する.
岩手県漁業協同組合連合会の共販実績の資料によると,重茂地区と田老地区の震災後のワカメの売り上げは震災前に比べるとおよそ7割程度に縮小している.ただ,売り上げは震災直後から2017年にかけて徐々に増加する傾向が見られることから,今後も増えることが見込まれる.
ワカメ養殖漁家の年齢構成は,重茂地区で震災以降に若干高齢化したが,田老地区では特にここ近年,若年化した.また,養殖漁家が有する養殖施設の平均行使数(養殖いかだに設置するロープの平均の長さ)は重茂地区で若干の増加,田老地区で減少した.ただし,重茂地区においても,養殖施設を設置・管理する養殖組合によっては平均行使数が減少する区域も存在する.また,ワカメの加工処理において,重茂地区では自宅でボイル・塩蔵する養殖漁家が多くを占めるのに対し,田老地区ではほとんどの養殖漁家が漁協の工場で加工している.重茂地区でも一部の養殖業者が漁協の工場で加工しているが,この違いは事業の継続に影響している.
震災による養殖施設の被害および養殖漁家の人的被害により2地区ともに養殖施設が減少している.そのため,2地区では震災以降に休場の漁場ができ,漁場が再編されている.また,海岸付近の自宅は津波の被害により,高台へ移転している.重茂地区では、重茂里地区など一部にとどまるが、一方の田老地区では山王団地への大規模な高台移転が行われている.
重茂地区では65歳前後で養殖業をその子に継がせることが多くなっている.また,養殖業をやめた人は漁業関係の仕事に転業することが多い.田老地区では,30歳代の新規参入者が見られる.転業した場合は漁業以外の職種に就く場合が見られた.