抄録
タイ国内各地域の典型的な景観の一つである熱帯季節林に焦点をあて,現在落葉フタバガキ林が立地している地点の,表層を含めた堆積物中の植物珪酸体化石群を観察し,フタバガキ科とタケ亜科の層位変化から植生の形成過程を明らかにした.その結果,フタバガキ科は南部マレー半島の標高100m以下の比較的沿岸域に近い平地部で約9,300年前以降,東北部の標高200~300m台の内陸丘陵地で約5,000~4,500年前以降,北部の標高500m以上の山間部内平坦地で数1,000年前以降に産出し,その分布範囲は低緯度から高緯度,低地から高地へと広がっている様子が示唆された.一方,タケ亜科は東北部から北部の同層準より多数産出したが南部からは少数であった.よって,林床に温帯性のタケ亜科植物を伴う落葉フタバガキ林分布域の中心は東北部で,過去約5,000年間植生景観を維持しつつその後北部へ広がったが,南部では現在まで貧弱であったと考えられた.