抄録
■はじめに シルクロード天山北路沿いに点在するアク・ベシム遺跡,ブラナ遺跡およびクラスナヤ・レーチカ遺跡などの遺跡群は,UNESCOの世界遺産「シルクロード:天山回廊の交易路網」に登録されている。それらは中央アジア,キルギスとカザフスタンとの国境をなしながら東西に流れるチュー川の盆地底において,6世紀~14世紀に建設された都市遺跡である。これらの遺跡を対象とした調査は,考古学者によって行われてきたが,地理学の分野も相馬ほか(2012)が盆地に分布する遺跡の立地する地形が,湧水の得られやすい扇状地の扇端や防御性の高い段丘崖近傍の段丘面上などにあることを指摘している。当地における考古学研究をより深化させるためには,相馬(2012)が試みたGeoarchaeologyの視点で盆地に分布するすべての遺跡を対象に考察していく必要がある。発表者らはひとつのアプローチとして,地形分類図(ポスター会場で掲示)を作成し,遺跡の空間的な分布と遺跡が立地する土地の特性を理解することを試みた。
■方法 「だいち」(ALOS)の可視画像と30 mグリッドDEMを基に作成した地形表現図を基に判読(扇状地・氾濫原・段丘面・崖錐・崩壊など)し,地形分類図を作成した。それに文献と現地調査から得られた12遺跡(都市・城砦・キャラバンサライ)の位置情報をGIS上で重ね合わせ考察した。
■結果と考察 都市や城砦あるいはキャラバンサライが扇状地と段丘面上に構築されたことが明らかるとともに,そのほとんどは扇状地の扇端上に分布することが明らかとなった(表-1)。これは,扇状地が都市や城砦あるいはキャラバンサライを許容できる比較的平坦な地形面を有していること,同じく比較的平坦な地形面で構成される氾濫原は洪水の危険性があるため避けられたことに起因すると推察される。また,地形分類図にはすべての遺跡が地形分類上の境界付近に位置することが示された。そこで遺跡が分布する地形場を6つのタイプに分類し,地形の特性から「土地の安定性」,「防御性」,「水利の安定性」を要素とした定性的な評価を行った。この結果,各タイプのなかで最も多くの遺跡が立地するのは,4つの都市遺跡が分布するType-Ⅰであることが明らかとなった。都市を築くうえでType-Ⅰの地形場が選択されたのは,土地の安定性と防御性の「高い」点が重要な要素であり,かつ水利の安定性も考慮されていることが効いていると考えられる。一方で防御性は低くとも,土地の安定性と水利の安定性を主要な要素として選択されたのが,Type-Ⅴの地形場にあるAk-Beshim遺跡とBurana遺跡になる。これらの遺跡は調査地のなかでは比較的規模の大きいもので前記の通り世界遺産にも認定されている。Type-Ⅴでは強固な人工の市壁を建造し,防御性の「低い」点を克服できれば,都市を立地するのに適合する場所だといえる。実際,Ak-Beshim遺跡には市壁と城壁の遺構が残存している。このほか,Type-Ⅵの地形場にはShamshi-3,Shamshi-4および Shamshi-5の3遺跡が分布するが,土地の安定性,防御性,水利の安定性ともに「高い」評価は得ていない。これらの遺跡は地形条件よりも,そこに位置する他の意義があり立地していると考えられる。Shamshi-3遺跡およびShamshi-4遺跡がキャラバンサライの性質をもつものであることから,リスクはあってもシルクロードの交易路沿いに位置するという強いアドバンテージがあったとも想定できる。同様にType-ⅡおよびType-Ⅳの地形場に位置するMalie-Ak-Beshim遺跡とIwanovka遺跡の立地も地形以外の要素が効いていると思われる。
【文献】相馬ほか(2012)地理予,81.