抄録
1. はじめに
変動地形を判読する資料は,近年,空中写真のみならず,数値地形データ(DEM)の併用が一般化し,1960年代に空中写真が用いられるようになったのと同様の重要な転換を迎えている(後藤・杉戸,2012;Lin et al.,2013など)。海底の地形についても高解像度な地形データの収集とステレオ画像の作成により,地質構造を手がかりにしながら海底地形を解釈し,これまでとは全く異なる断層分布やプレート境界像が描かれるようになった(Nakata et al., 2012など)。
沿岸域の変動地形については,陸上地形と海底地形がそれぞれ別の分野で研究され,統合的に検討した研究は少ない。分野の違いだけでなく,海陸を統合して俯瞰する詳細な地形資料に乏しいことによると考えられる。そこで,後藤(2014)は沿岸海底の地形データについて可能な限り収集して,数値標高モデル(DEM)を生成し,刊行済の陸上のDEMとあわせて,陸海を統合したDEMに基づく地形ステレオ画像を作成した。これにより陸上活断層の海底延長(後藤,2014)や海成段丘の分布を合理的に説明できる海底の活構造の認定(Goto,2016)のほか,海面下の沈水段丘面の地形発達など,重要な新知見がもたらされつつある。
本研究では,南西諸島南部の石垣島とその周辺を対象に,海底地形の情報を収集し,数値標高モデルを生成して,1枚の画像で海陸を判読できる統合した地形アナグリフを作成した。これを変動地形学的な手法で判読を行い,陸上の段丘面の分布と海底の急崖や平坦面の分布を明らかにした。これらの標高分布に基づくと,石垣島南部では南東部で高く,西に向かって低下する局地的な傾動があることが解った。石垣島南東沖には北東─南西方向の活断層が延びているとされており,その活動によって変形した可能性がある。
2.作成方法と概要
海底地形の情報は,(財)日本水路協会発行のM7021の等深線データと,JAMSTECの航海・潜航データ・サンプル探索システム「Darwin」から収集したマルチビーム測深データを用いた。
陸上地形については,国土地理院の写真測量に基づく5mメッシュのDEMを用いた。これらをSimple DEM viewerに読み込み,後藤(2015)の方法に従って浅海底の細かな地形が観察できるように調整した傾斜角による地形アナグリフとした。
3.石垣島南部の海成段丘の傾動
石垣島では2段の海成段丘が認められ(木庭,1980),島を取り巻くように分布する段丘面はMIS5eに形成され,その旧汀線高度は南部を除き50~60mで,旧汀線高度が84mを示す南西部のバンナ岳付近に隆起の中心があり,そこから周辺に低下するされた(町田,2001)。本研究の判読では,町田(2001)により南部にのみ発達するとされた下位の段丘面を2段に細分することができ,南部では3段の海成段丘面(M1面,M2面,M3面とする)が発達することが解った。M2面,M3面の分布高度は,それぞれ南東端付近で30m,15m,その7km西で20m,10mと西への傾動が認められる。また,南東部には北北東-南南西方向の宮良東方断層(「日本の活断層(1991)」では確実度II)がM1~M3面を変位・変形させているのが確認された。
4.石垣島周辺の海底地形
海底130m以浅に分布する急崖は,石西礁湖の広がる西部を除いて,島を取り囲むように2段認められる。北東の半島部では,水深50m程度と80m程度で,水深50m付近の急崖基部を堀・茅根(2000)は内側傾斜変換点(IB)と呼び,約10~11kaの海面上昇が弱まった時期に形成されたとした。ただし,島の南東岸に,不規則な凹凸のある面が認められ,他の地域に比べて特異な様相を呈することが新たに解った。
海上保安庁の海底地質構造図「石垣南部」(1991)には石垣島南東沖には更新統の琉球層群を切断する北東─南西走向の断層が記載されている。南東部で認められた海成段丘の西への傾動は,短い波長の変形であり,沿岸に分布するこれらの断層に関連した変形の可能性がある。この断層は陸地から離れるように延び,構造図では図郭外のため,北東や東への連続は不明であるが,延長上には線状構造が認められる。この北西側に分布する水深50~70mの平坦面は崖の頂部付近で陸側に傾いているのが判読できる。
この構造とは別に,石垣島南東の約10km沖には,水深80mに頂部を持つ直径約5kmの平坦面が認められ,頂部は北西に傾動しており,この東の基部に活断層が分布している可能性がある。
※科学研究費補助金(課題番号:16K01221)の一部を使用した。