抄録
Ⅰ.問題所在と研究目的
自治体の危機管理・防災部局に退職自衛官を任用する動きは,1995年の阪神・淡路大震災を契機にはじまり,近年の災害対応においては自治体内で主導的な役割を担う事例もみられる.しかし,その任用状況や,自衛隊組織出身という特性・技能については,必ずしも明らかになっていない.そこで本研究では,主として防衛白書をもとに時系列での把握を行い,併せて,2016年の熊本地震および台風10号の対応を担った,熊本県庁および岩手県庁でのヒアリング調査を踏まえ,現状と課題の検討を行う.
Ⅱ.退職自衛官の任用状況
わが国における自衛官の任用制度は,「士」を対象とした任期制と,「曹」以上を対象とした若年定年制に大別され,このうち後者は,階級に応じて60歳未満で定年を迎える.同人材に対しては防衛庁(当時)より,「専門的知識・能力・経験の活用の推進」において再就職支援が行われている.任用の動向は,2004年の国民保護法の成立を受け,同対応計画策定の必要性が生じた2000年代中盤以降において増加をしているほか,東日本大震災(2011年)以降においても増加しており,2017年統計において,全国に402人の退職自衛官が着任している.地域別での着任動向では,東海地方の伸びが顕著であり,次いで,九州地方,東北地方となっている.退職自衛官が自治体の危機管理部局に再就職(着任)する利点には,自衛隊との連携強化のほか,訓練設計・指導や,災害対応指揮等を通じた地域防災力の向上が想定されるが,退職自衛官が自治体を含む公務団体に着任する割合は,直近では2011年(6.0%)が最も高いが徐々に低減しており2015年(2.8%)と退職自衛官全体に占める割合は,相対的に低いことが特徴として挙げられる.
Ⅲ.自治体における退職自衛官と災害対応における地図技術
自衛隊はその訓練において主として紙地図操作の技術が蓄積されており,熊本県では自衛隊出身の防災企画監により2016年の地震発生前より5種類の地図(状況図,行動図,経過図,ハザード図,気象図)により構成される指揮台(地図台)において情報集約と対応が行われていた.また,広域での被災と孤立が発生した台風10号での対応を行った岩手県庁においては,初動における救助計画にあたり,自衛隊との連携において,UTM座標のメッシュ地図が用いられることで,地点の明示とヘリコプターによる迅速な対応調整が行われた.
Ⅳ.課題
自衛隊と自治体においては「組織文化」の違いも想定されるが,具体的な災害対応力の強化に向けては,退職自衛官の有する,マネジメント経験のほか,特に状況認識の共有に資する地図技術の活用方策を検討していくことが課題として挙げられる.