抄録
1. はじめに
火山活動が自然環境・人間活動に与える影響については古くから多くの議論がある.とくに火山国日本では直接的な噴火災害という観点から多数の研究があり,それらの成果に基づき様々な対策が講じられている.具体的には,火山地質学や文献史学から過去に発生した噴火の実態が明らかにされ,そのような事例を噴火実績として捉え,近い将来に発生が予想される噴火のシミュレーション結果と合わせて火山防災マップの作成,避難計画の策定,砂防ダムなど人工建造物などによる火山災害軽減などが目指されている.こうした対応は,発生する可能性が高く,対応すれば一定の効果が見込める高頻度小規模噴火に対して実施されている.火山爆発指数VEI(Volcanic Explosivity Index; Newhall and Self 1982; Siebert et al. 2010)でいえば概ねVEI=5以下の噴火である.
一方でVEI=7に該当する巨大噴火については,日本をはじめ世界的にも該当する噴火事例が極端に少ないため,同クラスの噴火による影響の評価は充分になされていない.また,防災を目的とした研究や対策という点ではスケールが大きすぎ,研究対象外となりやすく,具体的な対策がなしえないというのが実状と思われる.しかし事実上対策ができない,また発生確率が極めて低いからといって無視するわけにはいかない.低頻度であっても大規模噴火の発生は必然であり,その影響を事前に予測し,その結果を共有することは社会的に必要なことである.
本研究では過去12万年間に発生したVEI=7の噴火実体をもとに,将来同様な火山活動が日本列島で発生すると考えた場合,人間社会にどのようなインパクトを与えるかを試算することを目的とする.なお,今回の試算はVEI=7だけに絞るが,将来の火山活動による人間社会への影響を総合的に評価するためには,VEI=6以下の噴火も考慮に入れる必要がある.これについては今後の課題としたい.
2. 日本列島におけるVEI=7クラス低頻度巨大噴火の履歴
日本列島においては過去12万年間,体積100 km3オーダーの噴出物を伴うVEI=7クラス噴火は9回発生している(町田・新井,2003により試算).これらは九州および北海道に存在するカルデラ火山で発生した巨大噴火であり,火山から数10 km以上の距離を火砕流が流れた結果,周辺に火砕流台地が形成され,火口域にはカルデラ地形が形成された.また,九州で発生した場合,日本列島の広い範囲に火山灰が降下した.
3. VEI=7噴火が人間社会に与える影響の評価
VEI=7噴火が人間社会に与えた影響を評価するために,各噴火において火砕流が到達した範囲,降灰により即座に社会活動に過酷な影響を与えると考えられる層厚50 cm以上の降灰域,電力・自動車等の現代の生活スタイルの維持が一時的に困難となることが予想される判断される降灰域を町田・新井(2003)よりデータベース化した.そしてこれらの範囲内における現在の人口,発電量を求めた.
実際にこのような噴火が発生する場合,現在の技術では事前の予測は困難である.巨大噴火であるから何らかの前兆現象はあると思われるが,それが巨大噴火に繋がるものであるかを判断するのは難しい.また前兆現象は数ヶ月どころか何年にもわたり継続する可能性もある.この点を考えると火砕流到達範囲から事前に数万人規模の住民が時期的に的確に避難することは困難といえ,最悪のシナリオは火砕流到達範囲の人口数がそのまま犠牲者数となる.過去9回で発生したいずれのVEI=7噴火の場合でも火砕流到達範囲の人口は万人単位であり,阿蘇カルデラ(Aso-4噴火相当)での1,254万人から鬼界カルデラ(K-Tz噴火相当)での7万人までの幅がある.9回の噴火での累計は1,947万人となる.
4. 極低頻度災害としての位置づけ
一方でVEI=7噴火は大変に希であり,日本列島での過去12万年間の単純平均では1.33万年に1回の発生頻度となる.また過去12万年間における年間あたりの平均犠牲者数で見た場合,162人/年である.これは他の災害種である風水害の戦後の年間犠牲者数と同等かやや小さい程度である.
本研究では,文部科学省科研費基礎研究(B)「ハザードマップにおける災害予測および避難情報伝達の機能向上に資する地理学的研究」(研究代表者:鈴木康弘)の一部を使用した.
文献:町田・新井 2003. 新編火山灰アトラス.東大出版会.Newhall, C.G. and Self, S. 1982. Journal of Geophysical Research, 87, 1231-1238. Siebert et al. 2010. Volcanoes of the World, 3rd Edition. University of California.