抄録
1.はじめに
近年、韓国では都市住民の地方への移住が増加している。その中で、ソウル首都圏から韓国最南端に位置する済州島への移住が目立つ。済州島における移住者の就業状況に関しては、ブ(2015)によれば、移住者の50%以上が農業に従事し、約40%が非農業部門に従事している。後者の活動は、ゲストハウス、カフェ、レストランなどといった観光客向けの分野に集中する傾向がみられる。これは、韓国を代表する休養地の済州島には、一年中観光客が入島するために、ある程度安定した収入の見込みがあったからであると考えられる。そこで、済州島における移住者の生活パターンを考察するにあたって、本研究では、彼らの経営する観光施設がどのように地域とかかわっているかを、その立地条件から明らかにすることを目的とする。
2.済州市舊左邑月汀集落の概要
舊左邑月汀集落は済州市の東端の沿岸に位置しており、人口は730、世帯数は352戸である(2015年時点)。集落の総面積は6.67㎢で、このうち、林野3.84㎢、畑2.10㎢、宅地0.14㎢などである。月汀集落は、半農半漁の典型的な集落で、海女によるサザエ、アワビなどの貝類採取作業や農家によるニンジンやニンニクなどの野菜類栽培がおもに行われている。かつてはカタクチイワシ漁が盛んに行われていた。
3.月汀集落における観光施設の立地分布
現在、月汀集落は、道路を挟んで沿岸の向かい側にカフェストリートが形成されていて、ここを目当てに韓国全土から多くの観光客が訪れる済州島屈指の指折りの観光スポットである。月汀集落のカフェの経営は、2010年頃にソウル市からの移住者の女性3人が、沿岸近くに小さなカフェを構え、観光客にコーヒーなどの飲み物を販売していたのが始まりであるという。2017年9月に月汀集落での観光施設を調べたところ、飲食店67軒、宿泊施設68軒が確認できた。特に宿泊施設には民泊やゲストハウスなどが著しく、経営者の約9割が移住者であった。
観光施設の立地分布を見ると、カフェの店舗は、当然のことなら沿岸域のカフェストリートに集中し、そこから裏側の路地にはレストランやカフェなどが立ち、さらに集落の中へ進んでいくとゲストハウスやカフェなどが散見された。これらを建築様式の側面と併せてみてみると、沿岸域に近いほど、大きなカラス張りのウィンドウなどを施した建物が目立ち、これは透明感のあるエメラルドグリーンの済州島の海を眺めるためのデザインであることが分かる。それに対して集落の中に立地する観光施設の場合は、済州島の伝統的な家屋様式として、玄関、石垣、石壁などの外観はそのままにして屋内を改良したケースが多かった。ほかに、内陸部には畑を宅地に転用して建てた観光施設が見られた。このような空間的特徴は、沿岸と観光施設との距離によるものであって、それぞれの空間による異質的な雰囲気が一層観光客を集落に惹きつける効果をもたらしたと考えられる。
4.おわりに
月汀集落は済州島有数の観光スポットで、沿岸域に形成されているカフェストリートを含む集落の景観が人気を博している。ここでは移住者の経営する観光施設が顕著である。観光施設の分布を見ると、観光客は優れた済州島の海を眺めることを好むことで沿岸から近い地区ではそれに適した建築様式を持つ観光施設(カフェなど)が多く、沿岸から遠い地区では家屋の屋内を改良した観光施設が目立つ点が特徴的である。このような空間的特徴は沿岸からの距離によって制約されていると言える。
参考文献
ブ・へジン(2015):帰農・帰村人口の増加による済州島の村落地域の変化.韓国地域地理学会誌、21(2)、226-241.
※本報告は科学研究補助金(課題番号17K02133)の成果の一部である。