日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P105
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発表要旨
ブラジル・セルトンの水文環境と人間活動(10)
-灌漑による水文環境の変化が周辺植生に与える影響-
*吉田 圭一郎宮岡 邦任山下 亜紀郎羽田 司Olinda MarceloShinohara ArmandoNunes Frederico大野 文子
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抄録

I はじめに
植生への人間活動の影響を明らかにすることは,自然環境の保全だけでなく,社会の持続的な発展を考える上で必要な情報であり,植生地理学の重要な研究課題の一つである.人間活動は,森林伐採などだけでなく,立地環境の改変により間接的にも影響する.特に,資源が限られた場所では,間接的な影響が相対的に大きくなる.
本研究で調査対象としたカーチンガは,ブラジル北東部に分布する熱帯季節乾燥林である.不確実性の高い降水に素早く応答して構成樹種が一斉に展葉するなど,厳しい乾燥環境下でカーチンガは独自の生態系を形成してきた.生物群系としてのカーチンガが占める面積はブラジル国土の約10%におよぶが,ヨーロッパ人が入植して以降の人間活動の結果,カーチンガの占める面積は50~70%程度に縮小し,保全が必要である.
サンフランシスコ川の中流域では,1970年代以降に灌漑農地の大規模造成が行われた.灌漑農地の拡大に伴い,周辺のカーチンガでは乾季でも落葉しない樹木がみられ,これは灌漑により農地周辺で樹木の利用できる水資源量(water availability)が増加したことに起因すると考えられる.また,この構成樹種の生活史の変化は,カーチンガの植生構造の変化も引き起こすことが予想される.
そこで本研究では,立地環境の改変を通じた人間活動の植生への影響を明らかにすることを目的として,カーチンガを調査対象に,灌漑農地周辺における水文環境と植生との関連性について検討する.
II 調査地と方法
本研究の調査地は,ブラジル北東部に位置するペルナンブコ州のペトロリーナ周辺域で,マンゴやブドウなどの灌漑農場に隣接してカーチンガが分布する.
植生と水文環境との関連性を明らかにするため,二つの農場(DAN農場,NIAGRO農場)で植生調査を実施した.DAN農場では,マンゴ農場との境界から500mの測線を設定し,10×10mの方形区を計6カ所設置した.また,NIAGRO農場ではブドウ農場との境界に3カ所,境界から約1km離れた場所に4カ所の計7カ所に方形区を設置した.方形区では,胸高直径が1cm以上の樹木を対象に毎木調査を行い,樹種,胸高直径,樹高などを記載した.
III 結果と考察
植生調査の結果,DAN農場では13種,NIAGRO農場では11種が出現した.どちらの農場においても,Caesalpinia microphyllaAnadenanthera colubrinaMimosa verrucosaなどのマメ科の樹種により主に構成されていた.
DAN農場では,測線に沿ってマンゴ農場からの距離にしたがい植生構造が変化した.個体密度は30個体/100m2程度から10個体/100m2に減少し,胸高断面積合計や樹高も同様にマンゴ農場から離れるほど低下した.DAN農場の測線に沿った乾季の土壌水分量は,マンゴ農場から離れるほど低下しており,カーチンガの植生構造の変化は土壌水分条件と対応していた.
NIAGRO農場においても,灌漑が行われているブドウ農場に隣接する場所とそれ以外の場所とで植生構造が異なっていた.農場に隣接する場所のカーチンガでは,樹木の個体密度が50~70個体/100m2で,樹高は5~6mであったのに対し,離れた場所の樹木の個体密度は10~20個体/100m2と少なく,樹高は2~3mと低下した.
どちらの調査地においても,灌漑が行われている農場に近い場所では,構成する樹木のほとんどが乾季でも落葉せず葉をつけたままであった.これまでの調査から,カーチンガの構成樹種は,水文環境の変化に対する感受性が極めて高く,わずかな土壌水分量の変化でも一斉に展葉することが知られる.一年の大半が厳しい乾燥環境に晒されるカーチンガの構成樹種にとって,葉をつけて活動する期間が長いほど,一次生産量が多くなると推察でき,結果として樹高や胸高断面積合計など植生構造に差異が生じたものと考えられた.
本研究の結果から,灌漑により農場周辺のカーチンガにおいて樹木が利用できる水資源量が増加し,その結果,カーチンガの植生構造が変化したことが明らかになった.これは,調査地域では水資源が著しく制限されていることで,人間活動の植生に対する影響が相対的に大きくなり,顕在化したものと考えられた.
本研究は,科学研究費補助金基盤研究(B)海外学術「ブラジル・セルトンの急激なバイオ燃料原料の生産増加と水文環境からみた旱魃耐性評価」(研究代表者:宮岡邦任,課題番号:26300006)による研究成果の一部である.

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© 2018 公益社団法人 日本地理学会
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