日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P344
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発表要旨
インド北東部における焼畑農業の現代に―ナガランド州モコクチュン県の事例から―
*渡邊 三津子遠藤 仁小磯 学
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抄録

1.はじめに

 インド北東部とミャンマー北部に跨る峻険な山岳地帯(ナガ丘陵)に、ナガと総称される民族集団がいる。焼畑や棚田による農耕、狩猟・採集活動、家禽や家畜(おもにブタ)の飼育などが、生業におけるナガの特徴とされる。しかし、ナガ丘陵全域において、これらの生業が一様に営まれているというわけではなく、個々の生業活動の組み合わせや活動全体に占める個々の活動の割合などは、集落の立地条件によって異なっている。たとえば、比較的傾斜が緩やかなナガ丘陵西部においては、棚田における水稲作(常畑)が中心的に営まれる一方で、比較的地形が急峻な中~東部地域では、耕作と休閑のサイクルをともなう焼畑農業での陸稲作が中心となる。また場所によっては、陸稲よりもタロイモや雑穀などの栽培が中心になることもある。
 本発表では、焼畑における陸稲作が中心的な生業であるインド北東部ナガランド州モコクチュン県を対象として、インタビューや衛星画像(1960年代撮影のCorona衛星写真、2015年、2017年観測のSPOT衛星画像)の比較判読に基づき、現代における焼畑農業の実践方法や、近年の人口増加や社会の変化の中でみられる変化について紹介する。なお、モコクチュン県にはAoナガの人々が多く居住しており、本発表で紹介する農具名称などは彼らの言葉による。

2.ナガ丘陵における焼畑農業(Jhum cultivation)の実践
2.1. 焼畑農業のサイクルと農暦
 モコクチュン県で行われている焼畑農業は2年栽培+8年休閑の10年周期で営まれ、特にサイクルの短縮などに関する言及は得られていない。
 1年目の作業内容としては、10月ごろから樹木を伐採し、2月から3月にかけて火入れを行う。火入れから1週間後(だいたい4月)に播種を行う。6月から8月にかけて(モンスーンの最盛期)は雑草を刈り、9月ごろに収穫を行う。播種後と収穫前には祭りを行う。それぞれの時期は、集落や畑の立地する標高などによって時期がずれる。同じ畑での耕作は2年間行われ、1年目は陸稲を中心としつつナス、ウリ、ニラ・ネギ、タロイモ、トウガラシ、マメ類、ショウガや自然に生えてくる葉物、バナナなどが栽培される。2年目は、土壌の関係で栽培作物が変化し、陸稲以外の作物が中心となる。2年目の収穫が終わると休閑に入り、10月までに次のエリアでの伐採・火入れの準備を行う。
 従来は、休閑中の植生回復は自然状態にまかせていたが、近年は、政府の指導を受け、作物の栽培と同時進行で「植林」も行っている。「植林」といっても、付近に生育している木の種を採ってきて作物と一緒に撒く、という程度のことであるが、生育速度がとても速い木を利用するので2年目の収穫が終わった畑には、1m前後のサイズに育った木が確認できた。
2.2. 道具
 伐木や根の掘り起こしに使われる鉈刀(nok, nok chu)、畑を耕したり、播種用の穴をあけたり、畝立をしたりするための鍬(akubo, merjung)、除草具(alulem)、収穫のための鎌(nenok)、熊手(kiya)、など用途に応じて数種類の農具が使われる。ここ数十年の間に、道具の刃の部分が木製・竹製から鉄製のものに変化した他には、顕著な変化は見られない。
2.3. 焼畑用地と保護林
 モコクチュン県ロンサ村の例では、集落を中心として5km四方ぐらいの領域が集落の人々に利用される。尾根が境界となることもあるが、基本的には川が隣集落の用地との境界となる。領域内の全域が焼畑のサイクルに組み込まれるわけではなく、集落のルールにより保護林が定められている。保護林は、薪材の確保や家の建材としてのみ利用し、焼畑として利用してはならないという。
3. 土地利用に変化をもたらす新たな要素
 注視すべき点として、コーヒーやライチなどの商品作物の農地の増加が挙げられる。焼き畑農業が、現在でも2年栽培+8年休閑の10年周期で行われるのに対して、これらの商品作物は常畑として営まれ、焼畑のサイクルには組み込まれていない。
4. 今後の課題
 対象地域の焼畑農業の実践状況を見ると、そのサイクルや利用される道具、栽培作物などに関しては、ここ数十年の間での顕著な変化はみられないことが分かった。ただし、1950年代以降の人口増加により、集落数が増加したことが、保護林も含めた焼畑用地の利用にどのように影響を与えているかという点については、今後の検討課題である。

 本研究は、H27~29年度科研費(基盤B)「南アジアの紅玉髄製工芸品の流通と価値観-「伝統」と社会システムの変容の考察」(課題番号:15H05147、研究代表者:小磯学)による研究成果の一部である。

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