主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2019年度日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2019/09/21 - 2019/09/23
1.ジェンダー視点の政治性
2018年度にはジェンダー差別をめぐる多様な問題が生じた。東京医科大学をはじめとする医学部での不正入試、ハラスメントを告発する動き、同性婚をはじめセクシャルマイノリティなどへの対応の動向は、WEFのジェンダー・ギャップ指数が日本は149か国中110位という順位(を裏付けるかのよう)である。問題意識はいまだに低いままであり、改善はみられても従来の男女の関係性、すなわち日本の家父長制的概念を内包したまま現在に至っている。こうした事態に対してジェンダー視点で研究対象を分析することは、当然視されてきた構造への課題を析出し、異議を申し立てることにつながるものである。
ジェンダーという概念はフェミニストの間でも多様に定義されてきた。①社会的構築物としての性差、②権力関係の分析枠組みとして、③従来の構造を組み変えるための概念として変化してきたのである(舘1999など)。第二波フェミニズムと連動して発展してきたジェンダーという概念が、理論家・精緻化する過程で、対象の可視化、その背景にある関係性の権力構造、そしてそれを組み替えるための動きへと発展してきたことは当然の帰結である。
2.フェミニスト地理学が現在おかれた状況
第二波フェミニズムは地理学に対しても影響を与え、1970年代にフェミニスト地理学として登場した。ジェンダーによる不平等を記述することから始まり、背景にある構造の分析、権力関係としての空間構造を検討するようになっていった。具体的に実態のある場所から研究を進めることで、既存の構造の課題を析出し、地理学におけるジェンダー不在の抑圧的な分析を批判していくこととなった。フェミニスト地理学者たちは既存の研究が二元論に基づき構築されており、この思考が再生産されていることを明示してきた。さらにその二元論を脱構築するために、議論を重ねてきた。石塚(2010)は「フェミニズム理論とフェミニスト地理学は互いに呼応しながら,(中略)中心/周辺,グローバル/ローカルという空間的対立を中心―周辺,グローバル―ローカルに置き換えるだけではなく,ありとあらゆる静態的な存在を動態的な生成に置き換えるまなざしでしか捉えられないことを明らかにしてきた」と指摘している。
オーストラリアの動向を検討したJohnson(2012)は、21世紀に入り、フェミニスト地理学研究のアジェンダは変化し、一見差別に対する怒りや緊急性は解消したようにみえると指摘する。その背景に、一定の目的の達成、権力獲得の運動の終息の感があるという。しかしジェンダー不平等は現在なお存在しており、研究の意義は大きい。
3.日本におけるフェミニスト地理学
日本の地理学界においてジェンダー視点の重要性が認識されることになる契機の一つとして、1989年に開始された雑誌『地理』でのエスニシティ・ジェンダーの連載を挙げることができる。ジェンダーに関する項目を取り上げる回は多くはないものの、連載タイトルとしてジェンダーが挙げられたことは画期的であった。その後、労働問題、保育問題など女性を可視化する研究も進められるようになった。日本で研究が展開される際に用いられたのはジェンダーの地理学という呼称であり、フェミニスト地理学としては認識されていかなかった。その背景には権威主義的なものへの異議申し立てとして展開してきたフェミニズムの政治性がある。一方、「ジェンダー」という用語は社会的文化的性差という中立的意味合いが注目されてきた。その結果、海外のフェミニスト地理学が進めてきた空間構造の背景にある権力関係としてジェンダーを検討しその構造を組み替える試みは、日本ではあまり進められては来なかったのである。このことは日本の地理学界の中で日本の家父長制的観念が根深く埋め込まれていることと関連していよう。研究の進展のために日本地理学会の研究グループとして「ジェンダーと空間/場所研究グループ」が成立したのは2011年であった。定期的な成果の発表の場となっているが、メンバーの拡大など、課題も少なくはない。IGUのジェンダーと地理学コミッションが53か国750人以上のメンバーを抱え活躍している状況を見据え、より発展していくことが必要であろう。
現代の社会経済問題を分析するためにジェンダー視点は不可欠となっている。フェミニスト地理学とは「終わることのない問いの生成に他ならないことを示唆」(石塚2010)するものであり、その意義は、権威性や優位性の問い直しの作業を絶えず続けていくことなのである。