主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2019年度日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2019/09/21 - 2019/09/23
2009年の総務省「地域おこし協力隊」の制度開始から、約10年が経過した。制度をめぐる状況も変化しつつあり、隊員募集内容の差別化やロールモデルを活用したプロモーションなど、隊員確保に労する自治体もみられる。一方で、多様な移住制度が充足する中で、定住を目指す隊員の志向、価値観も変化しつつある。本研究の目的は、今治市の地域おこし協力隊を事例に、隊員のショートライフヒストリーを収集し、約10年にわたる制度の変化を踏まえつつ、彼らの移住、隊員活動、定住実態を明らかにする。2007年度から2016年度にかけて、今治市の移住相談者数は411件、移住者は71世帯133であり、愛媛県内でも移住者の受け入れ実績が多い地域である。移住支援も充実しており、住宅改修支援事業など子育て世代の住宅支援、またNPO法人しまなみアイランドスピリットによる移住情報の発信、空き家体験ツアー、移住相談・現地案内、「ラントゥレーベン大三島」など移住体験施設が挙げられる。とくに島嶼部の中で移住希望先として人気が集まっているのが大三島である。2004年以降に建築家・伊藤豊雄氏による様々なプロジェクトが始まり、「大三島みんなの家」など外部者と地域住民を結ぶまちづくりの拠点施設が整備されると、大学生やデザイナーなどまちづくりに関心の高い若い世代が集まるようになった。伊藤豊雄建築ミュージアムの2018年の企画展「聖地・大三島を護る=創る」では、8人の移住者(隊員を含む)を紹介する展示が行われた。若い移住者が試行錯誤する様子、活動の軌跡、親しい人々、移住して得た多様な価値観など、等身大で描かれたセンセーショナルな展示は、大三島移住・定住のロールモデルを印象付けるものとなった。愛媛県では、2010年に西予市、内子町が地域おこし協力隊制度を最初に導入し、今治市は次いで2011年に開始した。今治市では、大島、伯方島、大三島、岡村島の4島で隊員を受け入れ、2011年から3年間は地域再生マネージャーを置き、隊員の活動支援をおこなった。今治市の制度はフリーミッション型であり、隊員の受け入れ面接にて、配属を希望する島と自身が取り組みたい島での活動や定住に向けた将来的な方向性をプレゼンテーションする。各島の支所を活動拠点とし、各島の自治会、祭事、地域づくり活動に参加しながら、農漁業への従事や起業、定住に向けた活動を行う。2016年から配属地に市街地が加わり商店街活性化が行われるようになった。2017年にクラウドファンディング事業導入後には、ファンドを利用して鳥獣対策の獅子肉を活用した飲食店が大三島で開業され、愛媛県内で話題となった。現在は12人が現役隊員として活動している。2012年から2018年までに配属となった地域おこし協力隊21人に対して、現在に至るショートライフヒストリーや、3年間の隊員活動、生活実態について聞き取り調査を実施した。隊員は、大学卒業後すぐに隊に就いた20代前半から子育てを終えた50代まで年齢は幅広いが、30代から40代の単身者が多い。大阪府や東京都からの移住割合が高く、2011年の東日本大震災を移住志向の転機とする者が多い。移住に至る経緯の中で、社会貢献への意欲、居住環境の安全性、島での自然なライフスタイル、子育て環境の良さ、歴史性・伝統性(信仰・祭事、地場産業など)への強い憧れ等の語りは共通してみられる。「中途半端にはしたくない」等の語りにみられるように、農漁業の従事など「自給自足」への志向や「島らしい生活」を強く志向すると隔絶性の高い岡村島を選択する傾向が見られ、一方で飲食店やサイクリスト用の宿泊施設の経営の経営など「しまなみ海道」「サイクリスト」を意識した起業を目指す者は残りの3島を選択しており、都市との一定の距離感、大山祗神社等の観光資源との近接性、移住者コミュニティの重要性を指摘する。2012年の受け入れ開始当初の隊員は、コミュニティでの活動や集落再生、第1次産業の担い手を目指す者が多く、フリーミッションゆえに郷土資料の収集やまち歩き、地域住民の会合に参加して関係性をもち試行錯誤する過程がみられたが、次第に起業を志す隊員が増え、地方移住を自活して実現するための「準備期間」や移住のための「一つの選択肢」として隊員制度を位置付ける者がみられるようになった。とくに、起業に成功したロールモデルがPRで取り上げられるようになると、その傾向は強まった。一方で、近年では大三島を中心に、隊員制度を経ない若い世代の移住成功事例が増え、若者移住の「選択肢」が増えつつあり、現役隊員にもコミュニティ活動を志向する揺り戻しや「のんびりとした島暮らし」など個人的なライフスタイルの追求、隊員の確保が難しい島がみられるようになるなど、隊員をめぐる状況は変化しつつある。