日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 328
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発表要旨
有線放送電話網によるADSLサービス
*荒井 良雄
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抄録

1.はじめに 日本でブロードバンドが普及し始めたのは2000年頃であり,その歴史はまだ20年にも満たないが,その間にも新技術の開発・普及は急速であり,現在では,固定通信では光ファイバー(FTTH)網,移動体通信では第4世代(4G)携帯電話網を利用することが普通になっている.しかし,ブロードバンド普及の初期段階にあった2000年代中頃にもっともよく利用されていたのはADSL (asymmetric digital subscriber line)サービスであった.既存の電話線を利用するADSLは,ブロードバンド網構築のために,巨額の投資を必要とせず,短期間にサービスを立ち上げることができたのである. 2000年代初めに全国でADSLサービスが急速に普及していった段階で,主たるサービス提供者となったのは,日本の電気通信事業の中核を担うNTTグループ各社であった.しかし,日本で最初にADSLの実証実験を行い,その後,最初の商用ADSLサービスを開始したのは,外国では類例を見ない地域通信サービスである有線放送電話の事業者であった.有線放送電話は,第2次世界大戦後の日本で誕生し,全国の農村地域で利用されるようになった地域メディアであるが,ADSL普及の初期には,この有線放送電話事業者がサービス供給の中核を担った. 本発表では,旧式な通信技術に立脚するこのオルタナティブな地域メディアが,どのようにしてインターネットの普及という情報化社会の大きな変化に対応してきたのかを,既存の公表資料と有線放送電話事業者やインターネット・サービス・プロバイダー等からの聞き取りをもとに報告したい.

2.有線放送電話の概要 有線放送電話では,自社の通信ケーブル(メタル線)を使って,自主ラジオ放送と電話サービスを提供する.加入者の主体は農村住民であり,有線放送電話のために専用の電話機を保有している.有線放送電話用の電話機はNTT回線用のものとほぼ同形だが,受話器の他に,放送受信用のスピーカーが付いている.それぞれの有線放送局は制作スタッフとスタジオを抱えており,自主制作した地域ニュース,気象情報,農業情報,音楽等の番組を放送している.

3.ADSLのフィールド実験 第2次大戦直後に誕生した有線放送電話は,1980年代までは,単に古くなってきた地域メディアに過ぎなかった.しかし,インターネットが出現すると,有線放送電話事業者はそれに対応することに自らの存在意義を見出そうとした.1990年代中頃には,まず,有線放送電話網をインターネット・バックボーンに接続して,ダイアルアップ・サービスが提供されるようになったが,低速であるという限界があった. 当時の日本では,まだ商用のADSLサービスは提供されていなかったが,長野県の伊那市有線放送電話農業協同組合は,自社網を利用したADSLサービスが実現できないかと考え,1997年9月〜10月にフィールド実験を行った.実験には,通信機器メーカーのほか,個人・市役所・学校・一般企業等を含む利用者有志が参加した.この実験は成功裏に完了し,その結果を見た県内のいくつかの有線放送電話事業者も同様の実験を実施した.

4.有線放送電話事業者によるADSLサービスの拡大 1999年,長野県の川中島有線放送電話農業協同組合が日本初の商用ADSLサービスを開始して以降,有線放送電話事業者によるADSLサービスは全国に拡がった.それまで,ADSL技術の導入に消極的であったNTTも2001年に商用サービスに参入し,ADSLサービスは急速に全国に普及した. しかし,2000年代半ばになると,NTTによる光ファイバー網サービスが本格的に普及してきたため,ADSLサービス利用者は減少に転じ,2010年には全国のADSL加入数は光ファイバー加入数を下回るようになった.

5.有線放送電話事業者によるADSLサービスの現況 ADSLサービス全体が縮小している中でも,有線放送電話事業者のサービスは微々たるシェアを占めるに過ぎない.しかし現在でも,数千世帯の加入数を維持している有線放送電話事業者が見られる.発表では,そうした中でも有数の有線放送電話事業者である伊那市有線放送電話農業協同組合(いなあいネット)と上越市有線放送電話協会(JHK)を取り上げ,その現況を紹介する.

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