主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2019年度日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2019/09/21 - 2019/09/23
地理学は地学に限らず防災学、政治学、経済学、文化人類学等の多様な諸学問領域と密接な関連を有する学際的学問である。また、特に外国の地理を魅力的かつリアルな形で学生に教えるには、教員自身の豊富な海外経験は不可欠であろう。
しかし、現在地理教育に携わっている伝統的地理教員の出自は教育学部、理学部、文学部等の比較的狭い範囲に集中しており多様性が十分でないほか、特に中等教育や予備校で地理を教える教員は、部活動への対応や勤務先での事務作業等に時間を割かれ、在外研究ないし海外経験の機会を豊富に与えられているとは言い難い。
また、これら教員と行政との接点は特定の中央省庁及び地方自治体に限られがちであり、地理学の社会的認知度の向上という観点からは必ずしも十分でない可能性がある。
発表者は、学生時代から地理に関心を持ち大学も地理で受験したが、進学したのは法学部であり、大学卒業後は、国際的ではあるが地理学会とは無縁の中央省庁で永年勤務を続けてきた。この間、世界の6か国に居住し120か国以上を訪れてきたほか、ODAや貿易管理など、地理学と接点がある業務にも携わってきた。このように日本社会には、商社や独立行政法人など、日常的に海外と接点を持ち海外経験も豊富な人材が地理学界以外にも一定程度おり、いわば地理実務者として無意識に地理学との接点を有している。
発表者はこの数年、自分の子女の大学受験勉強への関与という観点から、約30年ぶりに大学受験のための地理学を本格的に再学習し、予備校が実施する大学入試模擬試験を自らも受験した。その結果、地理学で学習すべき内容の変化に驚くとともに、模擬試験や大学過去問のうちの幾つかの問題については、地理実務者の観点から見て、その出題意図や内容の正確性ないし対象の評価という側面で若干の違和感を持つものもあった。
本発表では、まずは、そのような違和感はどこから出てきているのか、また、そもそも、伝統的地理教員と地理実務者との間で様々な感覚に相違があることは適正なのか否か、両者は相互補完的なのか接点がない方が健全なのか等につき、幾つかの実例をもとに検証することとしたい。
この30年の間に、インターネットを通じて海外の情報は誰でも容易に入手できるようになり、サイトによっては、従来の地図帳では窺い知ることができなかった外国の小さな裏通りの様子も手に取るように分かる。また、ドローンや小型飛行機を用いて、通常とは異なる角度から街並みを見ることも可能となっている。
他方、このような情報の多くは伝統的地理教員のみならず学生の側も同等に入手できることに鑑みれば、伝統的地理教員は、学生が入手できる情報に何らかの付加価値をつけることが要請されている。また、中等教育のみならず高等教育で地理を学習する学生の大半は伝統的地理教員を卒業後の職業としては選択せず、他の分野に職を得て社会において活躍していくこととなるが、伝統的地理教員が一層魅力的な授業を行うことができれば、それは一部の学生の進路にまで影響を与えるかもしれない。
また、授業内容によっては、学生は、伝統的地理教員の職に就かなくても、地理学もしくはその取り扱う諸要素に高い関心を有したまま職業生活に入ることとなり、それは有形無形の形で地理学の発展に寄与することになるかもしれない。
本発表の後半では、諸般の制約により諸外国の生の姿を伝えることがなかなかできない伝統的地理教員が、地理実務者との接点を持つことにより授業に改善をもたらすことができないか、できるとすればその具体的手法な何かについて考察を加えることとしたい。