日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P034
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発表要旨
フィリピン・ブラカン州におけるスイギュウのミルクの生産・加工
*辻 貴志
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抄録

1. フィリピンにおけるスイギュウのミルクの位置付け

 東南アジアでは、スイギュウのミルクを伝統的に利用してこなかった。スイギュウの搾乳は主要な生業の邪魔になる、ミルクの他にも利用できる豊富な水資源がある、人々の90%以上が乳糖不耐、植民地経営の方針などが理由として考えられるが、ミルクの利用に向かった明確な根拠は定かではない。フィリピンとインドネシアでのみスイギュウのミルクの伝統的利用がわずかながらではあるが局地的に残ってきたことは、地理学的にも興味深い事象である。本発表では、フィリピンのブラカン州で伝統的に行われてきたスイギュウのミルクの生産と加工の実態について明らかにすることで、東南アジアにおけるスイギュウの棃耕や運搬といった一般的な目的だけでなく、局地的にミルクを利用する文化がどのように今日まで継承され、どのような状態にあるのか究明することを目的とする。

2. 調査地と調査の概要

 本発表に関する調査は、ブラカン州の北部に位置するサンミゲル町で行った。サンミゲル町は首都マニラから80kmほど北上した地点にある。主な生業は、水田稲作、ブタやニワトリなどの家畜・家禽飼養、ティラピアなどの水産養殖である。同町では、伝統的にスイギュウのミルクを利用した飴菓子(pastillas)やチーズ(kesong puti)が加工されてきた。 

 主な調査は、2019年7月3日から8日にかけてサンミゲル町のスイギュウのミルクの生産者と加工者それぞれ1名を対象に実施した。調査対象者が少ないのは、スイギュウのミルクの利用がごく一部の人々の生業だからである。調査手法として参与観察と聞き取りを採用し、ミルクの生産と加工の実態に迫った。

3. 調査結果-スイギュウのミルクの生産と加工

 スイギュウのミルク生産者C氏は、サウジアラビアへの出稼ぎで富を築き、家の周囲の土地を買い増し、スイギュウの酪農園とした。本業は電気部品修理工であり、2005年にミルクの生産を開始した。飼養するスイギュウは34頭であり、いずれも在来種(carabao)ではなく、フィリピン・スイギュウ研究所(Philippine Carabao Center)によって輸入されたブルガリアン・ムラー種やイタリアン・ムラー種(buffalo)である。C氏の場合、1日9頭を搾乳し、50L前後のミルクを得ている。

 加工者L氏は、ミルクをフレッシュチーズに加工し、自らの店舗で販売したり、マニラの有名デパートやホテルに流通させている。チーズの加工は加熱式であり、ミルクとヤシ酢を混ぜてカードとし、ホエイを排出し、塩で殺菌・味付けしている。ミルクは複数の乳生産者から買い取り、1日150L程度を加工する。作業は、5名の人員を雇い毎日行っている。L氏の本業は高校教員であり、副業として2007年にミルク加工を始めた。

4. スイギュウのミルクの生産と加工の行方

 本調査の結果、スイギュウのミルクの生産と加工に従事する調査対象者は、比較的裕福であり、近年、副業としてミルク利用を行うようになった。このように、新たなアクターがミルク利用に参入している実態が示された。利用される乳量も多く、ムラー種の方が在来種に比べ5倍ほど乳量が多いことから、スイギュウ研究所の影響もあり、今日、スイギュウの伝統的ミルク生産・加工地域では在来種がムラー種に置き換わりつつある。そして、従来は生業の一環として細々と行われてきたミルク利用が、現金収入を追求したより大きな規模での酪農業に推移しつつある現状が明らかとなった。

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