抄録
ケニア山をはじめとするアフリカ熱帯高山の植生景観を特徴づけているのは,Senecio keniodendron (SK)やLobelia telekii (LT)といった大型半木本性植物である.そのため環境変動にともなう当該地域の植生変化を考える上では,これらの大型半木本性植物の分布や定着に関する知見を蓄積することは重要である.
高山の氷河後退域における植生分布は,氷河から解放された年代や種々の環境要因に影響を受ける.氷河周辺に出現する大型半木本性植物についても分布の要因が検討され,地形面や岩屑の大きさとの関連が指摘されている(水野 2003).しかし,大型半木本性植物の植生遷移との関係や,広域スケールの立地環境については十分に明らかになっておらず,特に高標高域における実生期の動態に関しては不明な点が多い.本研究では,大型半木本性植物の氷河後退域における分布とその動態について,2016年と2018年に実施した現地調査の結果をもとに検討する.
ケニア山は0°6′S,37°18′Eの赤道付近に位置する火山であり,山頂のBatian峰の標高は5,199 mである.調査対象としたTyndall氷河は,ケニア山においてLewis氷河に次いで 2 番目に大きな氷河で,末端部の標高は4600m程度である.氷河は少なくとも過去100年間継続的な縮小・後退がみられる.特に近年の氷河の後退速度は著しく,気温上昇が影響していると考えられている.
現地調査は,2016年8月及び2018年8月に実施した.約100年前に形成されたモレーンリッジよりも内部を踏査し,そこに出現した背丈3cm以上のSKとLTの位置・背丈を記録した.また,2018年にはそれらの消長及び生育状況を記載するとともに,新規個体も合わせて記録した.また,調査地域周辺の全世界デジタル3D地形データ(NTT DATA, RESTEC Included JAXA)より作成された5mメッシュのDTMを用いて,SK及びLTの分布図を作成するとともに,標高・傾斜・斜面方位・日射量などとの関係性を検討した.
調査対象地であるモレーンリッジ内部の氷河後退域には,2018年時点でSKが171個体,LTが217個体出現した.2016年と比較すると,SKでは14個体が枯死し,15個体が新たに出現した.またLTでは31個体が枯死し,34個体が新たに出現していた.出現したSKの背丈の平均は21.0cm,最大の個体は112cmであり,LTの背丈は平均が17.7cm,最大の個体が199cmだった.多くの個体が2年間で背丈を増加させていたが,特にLTでは2年間で100cm以上増加する個体がみられ,生育型の違いが生長量と関わっていることが示唆される.
両種の分布は,標高が低い(氷河から離れている)ほど個体数が多い傾向を示した.また,地形情報から算出した日射量との関係をみると,日射量が多い場所ほど両種ともに個体数が多くなっていた.また,背丈が高い個体も日射量が多い場所に分布していた.さらに,枯死個体と新規出現個体は,それぞれの分布が特徴的に異なっていた.枯死個体は,高標高・急傾斜・低日射量の場所に多くみられた一方で,新規出現個体は低標高・緩傾斜・高日射量の場所に数多くが出現していた.複数年の実生の動態を追跡することを通じて,調査地域の大型半木本性植物は,特に環境条件のよい場所で分布を広げつつ,徐々に生育範囲を拡大させていることが明らかとなった.