抄録
学術研究におけるアウトリーチ活動は一般的に,社会への研究成果の還元に関する活動ととらえられ,「研究活動・科学技術への興味や関心を高め,かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため,研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動」と定義されている(文部科学省「アウトリーチの活動の推進について」2005年6月7日)。具体的に例示されているのは,市民向けのシンポジウム,ワークショップやサイエンスカフェなど,関心をもった方が会場に出向いて研究者と対話し,双方向のコミュニケーションを行うタイプのものである。演者の所属する国立研究開発法人においても,夏に公開シンポジウムや青少年をターゲットとしたオープンハウス(夏の大公開)を,恒例の行事として行ってきている。イベントを中心としたアウトリーチ活動の場合,その場で直接対話に参加した方からの再発信に依存する部分も大きく,市民向けのポータルサイトなどを使っての広範なコミュニケーションを併用していくといった工夫も必要となろう。一方,必要なアウトリーチ活動として演者がもう一つイメージしているのが,学者による行政支援である。多くの研究活動が公的資金で支えられていると強調される今日,自分たちの仕事の社会的な価値をつねにわかりやすくアピールしていく必要があることはいうまでもなく,その意味でもアウトリーチ活動はますます重要となっている。以上より本報告では,従前のアウトリーチ活動の経験を踏まえ,演者が主として研究に従事している地理学と環境科学を対比しながら,「学」としてのアウトリーチ,社会貢献を体系的に推進するための提言をまとめてみたい。
「学」に関連する市民講座や巡検の企画・支援を,学会としても推進すべきである。たとえば,サイエンスカフェや,地元大学,市町村,地元企業とタイアップした地域おこし・ジオパークに関連するトレッキングツアーなどがその好例となる。実際このような活動には,個人ベースで(ボランタリーに)取り組んでいる人も少なくない。また,地域おこし活動そのものへの有識者としての参画・支援もありえるだろう。演者も本務として参加した,つくば地域で行われているサイエンスQ(筑波研究学園都市交流協議会)などの学校出前講義が一定の成果をあげている。総務省の地域おこし事業に,協力隊員やインターン学生を受け入れている自治体の中には,地理学や環境科学出身の人材が勤務しているケースや,関連学会員が外部有識者として協力・参画しているケースも少なくない。アウトリーチ活動への関わり方としては,本務,兼務(報酬あり),ボランタリーな参画など,その形態はさまざまであり,そのそれぞれにやりにくさとやりやすさがある。持続可能性やモティベーションの観点からは,本務の一環として行えるのが理想的と思われる。この場合,「学会」や「学」のプレゼンスをどこまでおもてに出せるのかが課題となろう。露骨な表現が許されるのであれば,「他の分野からの貢献」というような誤解を招かない努力も必要と思われる。
アウトリーチ活動は単なる社会奉仕にとどまらない。研究活動を見直し,強めていくプロセスでもある。とりわけ,アウトリーチ活動を通じて得られた各種ステイクホルダーからのリアクションを,自身の研究活動にフィードバックしていくことが重要である。また,個人的な興味で始めたアウトリーチ活動であっても,その持続可能性を担保するという意味では,所属機関を含め,周囲の理解と協力(資金面など)を得られるような努力も必要と思われる。