抄録
1.なりわいを支えるネットワーク
地域における所得機会の確保や社会的包摂の問題への対処を考える場合,われわれの思考は雇用機会の拡大と労働市場への参入の動機付けに偏りがちである.たしかに雇用されない働き方である自営セクターは,絶対量からすれば明らかに縮小している.しかし,20歳台後半から40歳台前半に限定すれば,現在でも雇用から非雇用に転じる流れがみられる.松永(2015)は,現代の「新たな自営」に注目し,そこにはローカル指向の「小商い」や「なりわい」というべき形態が多く,匿名的市場での利潤追求よりも,顔の見える関係を重視していると指摘する.
報告者のフィールドである長野県上田市にも,労働力を販売するのではなく,自らの「なりわい」に依拠して暮らしている若手創業者が少なからず存在する.報告者は,そのような「なりわい」が存立する条件として,さまざまな契機による創業者同士のつながりが重要であり,上田市内にはそうしたつながりが生まれる「場所」が形成されていることを明らかにした(中澤2018).つながりに支えられた「なりわい」は,利潤追求には解消できない互酬的性格を持っており,社会保障が届きにくい人々の社会的包摂や上田市の文化的な底上げをもたらしていた.
中澤(2018)では,上田市内における創業者同士のつながり(内なるネットワーク)に視点が特化していた.本報告では,それにも触れつつ,地域を越えた「外なるネットワーク」の重要性に目を向ける.
2.外なるネットワーク
報告者らは,2017年10月以来,断続的に上田市で調査を実施し,14事業体に2時間程度のインタビュー調査を行ってきた.その創業者のほとんどは上田市(周辺)の出身者(そうでない場合は配偶者)であり,かつ進学などによる他出の経験があった.
他出の経験が「なりわい」に直接結びつきやすいのは,ICT技術を生かした仕事をしている例である.デザインを手がけるウッドハウスデザインとサングラフィカは,拠点を上田市に移して以降,次第に軸足を地元での仕事に移しつつあるが,以前の勤務先など,東京のクライアントとの取引も継続している.
上田市内には人々のつながりが生まれる場所がいくつもある.そこで生まれるのは,地元創業者同士の「内なるネットワーク」だけではない.インターネット古書店を手がけるバリューブックスが経営するブックカフェNABOでは,週に何度もイベントが行われている.イベントの主催者は関東や関西にも広がっており,「外なるネットワーク」が生まれる場所にもなっている.「オンラインから地域へ」を標榜する瀟洒な読書空間であるNABOは,大手企業も注目するところとなり,無印良品やスターバックスとのコラボレーションが進行中である.
バリューブックスを含む上田市の5つの事業体が主催するクラフトマーケット,ロッピス上田も,「外なるネットワーク」の形成に一役買っている.2018年は2日間開催され,約60の店舗が出店したが,その大半が松本市や長野県外に拠点を置いていた.ロッピス上田は,5つの事業体が協同でインターンを受け入れるプロジェクトに端を発しており,その運営には全国各地から応募したインターンの大学生が携わった.
3.非市場経済との関係
本報告が取り上げる創業者は,賃労働には従事していないが,生活の糧の大半は市場における交換から得ている.しかし,上田市の創業者の事業には,利潤動機よりは文化や社会の涵養に結びつく互酬的なものが特徴的にみられる.その際には,文化支援事業や地方創生関連の補助金といった再分配の恩恵を受けることもある.また,販売に供する食材の一部を自ら耕作している,狩猟を趣味としている,店舗の改装や内装をDIYで行うなど,家政による自給も,一般的生活者よりは明らかに重要な位置を占める.こうした事象に引きつけながら,「田園回帰」に象徴されるローカル指向と,ポスト(脱)資本主義や非市場経済との関係(立見・筒井2018)にまで議論の射程を伸ばすことができれば幸いである.
文献
中澤高志2018.地方都市の若手創業者が生み出すもの―長野県上田市での調査から―.2018年人文地理学会大会予稿集.
松永桂子2015.『ローカル志向の時代―働き方,産業,経済を考えるヒント』光文社
立見淳哉・筒井一伸2018.田園回帰と連帯経済の接点をさぐる.地理63(6):55-61.