抄録
最終氷期以降,とりわけ過去約3万年間は,最終氷期最寒冷期から急激な温暖化の最終融氷期,現在につながる後氷期という大きな気候変化が生じた最新の時代で,これに伴う諸古環境変化を年代的に高精度に解明することは,グローバルな環境変化の時間差やメカニズム,要因,将来の環境変化を検討する上で重要な課題となっている(Hoek et al., 2008;森脇,2011).これを進めるのに,高分解能で分析可能な氷床コアの酸素同位体変化に基づく環境変化と,これと深く関係する海底コアの海洋酸素同位体変化,陸上の諸古環境変化との高精度対比・統合化を目指すINTIMATE(INTegration of Ice-core, MArine, and TErrestrial records)のプロジェクトが,ヨーロッパやニュージーランドを中心として行われてきた(Alloway et al., 2007).日本でもこうした視点から,高精度古環境編年の地域的模式作成が行われており,古環境編年のグローバルな年代的高精度対比が進められてきた(Nakagawa et al., 2005).
こうした大陸間スケールでの高分解能の事象を指標とした古環境の高精度編年・対比に対して,より小さな地域スケールでの多様な古環境要素の高精度な編年と,こうして得られた各地域古環境編年をさらに広域に統合し,空間的に高精度な編年はまだ十分な議論はなされていない.気候変化などグローバルに共通する変化に対して各地域の古環境諸要素は地域的な特性に応じて変化することから,より小スケールでの多様な古環境要素の年代的な高精度編年を,空間的にも高精度で統合することは,気候変化などのグローバルに共通した変化に対応して各地域で環境諸要素が全体として具体的にどのように変化したか,さらには人々とどのような関わりがあったかを知る上で重要と考える.これを進めるための一つの方法は,古環境や文化の諸要素の変化を同一の年代軸上で高精度で編年統合し,氷床地域など年代的に高精度な環境変化がえられている模式的地域との対比を行い,各地の古環境・文化諸要素の変化の相互関係を年代的により高精度に明らかにすることである.こうして各地で統合された各種古環境・文化の高精度編年をより広域に統合することは,地域間の古環境・文化の変化の年代的差異や類似性を時間的のみならず空間的にも精度を高めて論じる上で基礎的な資料を提供する.
古環境・文化諸要素の編年を地域的にも年代的により高精度で進めるためには,高精度の年代フレームワークの構築が必要で,これに厳密な同時間面を与えるテフラは重要な役割を果たしてきた(Lowe et al., 2008; Lane et al., 2017).南九州には,後期更新世の過去10万年簡に100枚ほど,後期更新世末以降の過去3万年間に60枚以上のテフラが認められている (Moriwaki, 2010).それらは,多様な古環境・考古文化諸事象と関わって堆積しており,古環境・文化の高精度編年の一つのモデルを作成するのに好条件を備えている.
これまで,演者らは南九州の臨海低地や古植生,海面変化,考古文化などについて,テフラ編年を基に,周辺海域やグローバルに模式的な高精度古環境編年との対比を目指して統合整理し,一つの編年図を提示してきた(Moriwaki et al., 2016). 今回,これに南九州・南西諸島の台地・砂丘などの諸地形の地形変化を加えて,最終氷期,特に最終氷期後半以降に焦点をあて,テフラを主な対比・編年指標として,周辺海底との比較,地域標準としての海洋酸素同位体,氷床コア同位体変化などとの対比を視野に入れた,古環境・文化諸要素の高精度な統合的編年の試みを提示する.