抄録
1.問題の所在:災害に適切に対応するためには,自分自身が被害にあう可能性のある災害を正しく認識し,主体的に行動することが必要である。災害の正しい認識を獲得する場として,学校の教科が果たす防災教育の役割は大きい。しかし,従来の防災教育は教科での指導が想定されつつも,実際には教科外で行われることが多く,その内容も災害発生後の対応に重点が置かれているという問題がある。
2.目的・方法:本研究では,防災教育の学習構造を構築し,それを用いた教科・領域での単元開発と授業実践を通して防災教育カリキュラムの在り方を探ることを目的とする。方法としては,災害発生のしくみを学習の中心に据えて防災教育全体を構成する要素を明らかにし,自校化された防災教育実践の学習構造を最初に設定する。次に,中学校社会科地理的分野で自校化された防災教育の単元開発・授業実践を行い,設定した防災教育の学習構造の有効性を検証する。
3.単元開発・授業実践:防災教育は防災学習と防災指導に分かれるが,先ず防災学習に,素因理解である事実認識と,一般的な災害発生のしくみ理解である概念認識とを学習する構造を組み込んだ。さらに,防災教育は地域に根ざすこと(自校化)が求められることから,続く防災指導でも地域の素因を扱い,防災学習と防災指導の内容に関連を持たせた自校化された防災教育の学習構造を設定した(第1図:自校化された防災教育の学習構造と教科・領域との関係)。
この学習構造をもとに,全5時間の中学校社会科地理的分野での単元開発・授業実践を,水害被害を主に想定しながら新潟県三条市の中学校で行った(第2図:防災学習の事実認識・概念認識の防災指導への影響)。防災学習にあたる1時・2時ではそれぞれ事実認識と概念認識を習得させた。防災指導にあたる3時から5時では,事実認識と概念認識の獲得状況の差が防災指導でどのように影響を与えるか分析し,防災学習における事実認識と概念認識,防災指導における主体的な態度,防災学習と防災指導のつながり,それらの関係・重要性を検証した。
4.研究の成果:①防災学習の事実認識と概念認識はともに防災指導に影響を与える。特に,事実認識は重要であり,概念認識で災害発生のしくみを理解したとしても,素因が不確かな状態では,災害の正しい理解にはつながらない。事実認識で土地の素因を知ることが,地域的な現象である災害を正しく認識することになり,防災指導で活用できる知識となる。②1つの教科・領域に学習構造を適用することは有効である。同一教科・領域内で防災教育を実施することで防災学習と防災指導のつながりが強調され,防災学習で事実認識と概念認識の2つを身に付け災害を正しく理解した子どもは,防災指導でも学習で得た知識を十分に活用し主体的に地域の課題に向き合おうとする姿勢が見られた。防災教育のねらいは「災害に適切に対応する能力の基礎を培う」ことである。災害は地域的な現象であるため,各学校で教員が子どもの立場になって自校化を達成すれば,災害に対して適切に対応する能力,すなわち「主体的に行動する態度」をもった子どもが育成できるはずである。
本研究成果の一部はJSPS科研費16H03789(代表:村山良之)による。