日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S401
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発表要旨
地方圏経済の現況と人口の「田園回帰」
*小田 宏信中澤 高志石丸 哲史
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抄録
地方圏経済は,1990年代に進んだ工業生産の海外移管などが引き金となって長期にわたって低迷し,2008年からのリーマンショック期,さらには2011年の東日本大震災後に至るまで雇用難の時代が続いてきた。しかし,2014年前後を転機に地方圏経済は大きく持ち直し,2017年平均の有効求人倍率は全ての都道府県で1を上回る数値になった(「職業安定業務統計」による)。その倍率は,山形県,島根県などでは1.5を超えており,雇用難の時代から転じて空前の人手不足の時代となっている。

 こうした状況は,地方圏が人口を取り戻す大きなチャンスと言えなくはないが,次の理由から単純に楽観的な見通しを描くこともできない。第1にはいずれの県も生産年齢人口の急減の下での雇用拡大であるということである。第2には,各県の雇用状況にも跛行性があり,県庁所在都市もしくは主要な交通軸上に位置する職安管内が突出しているしている県,または福祉系の職種への偏りを示している県が少なくないという点である。また,第3には何よりも東京都の突出した求人倍率の高さが横たわっており,オリパラ特需に後押しされる中で容易には人口還流のうねりを呼び起こすことはできないであろうということが挙げられる。

 さて,UIJターンと総称される人口還流が政策的に推進されるようになったのは,安倍内閣の「地方創生」以前に,福田内閣の下で2007年11月に発表された「地方再生戦略」に端を発すると言っても良いであろう。「地方再生戦略」は,「地方と都市の『共生』」を基本理念に,①補完性,②自立,③共生,④総合性,⑤透明性の五原則を掲げた。以後,具体的な施策として,2008年度から農水省の「田舎で働き隊」(のちの農水省版地域おこし協力隊),2009年度から内閣府の地域社会雇用創造事業(社会的起業人材創出・インターンシップ事業,インキュベーション事業),総務省の「地域おこし協力隊」,2012年度から農水省の新規就農者確保事業(青年就農給付金)などが講じられてきた。

 こうした施策が功を奏したとみるべきか,地方圏の景気回復一般に後押しされたとみるべきか,震災が契機となったと見るべきか,2010年代半ばになると,地方移住者の増加が指摘されるようになった。省庁の報告書でも2014年の国土交通省「国土のグランドデザイン2050」を皮切りに「田園回帰」の語が頻繁に用いられるようになり,2015年を「田園回帰元年」(小田切・筒井編,2016)と呼ぶ向きもある。

 UIJターン施策として,島根県海士町の取り組みは代表事例であろう。平成の大合併を拒絶したことを契機に,町職員と町民の意識的な取り込みが行われるようになり,六次産業化をはじめ,さまざまなストーリーが生み出され,迎え入れた移住者数は2018年3月末現在428世帯,624人に達し,2018年4〜11月の「隠岐の島」管区の有効求人倍率は2を上回る状況になっている。これ以外にも,複数の市町村が成功例として描かれ,これまでの市場経済の価値観とは,やや異なったところで進行しているという共通項も見出せる。

 こうした状況に対し,小田切徳美氏を代表的論客に,この数年で田園回帰の議論が進められるようになり,日本地理学会でも2017年秋季学術大会において小島泰雄氏・筒井一伸氏をオーガナイザーにシンポジウム「田園回帰と地理学理論」が開催され,その成果は雑誌『地理』の特集号にも示された。本シンポジウムも,先行するシンポジウムの問題意識を引き継ぐものであるが,実態分析の蓄積を計って行きたいという点,経済地理,産業地理系の研究者が加わることで,ソーシャルビジネスや新規起業を含むスモールビジネスの役割と地域内外のネットワーク,集積による相互効果に着目したいという点の2点に開催の趣旨がある。

 以下では,人口地理学的な分析(平井報告),移住創業に関わる2地域の例(中澤報告および小室ほか報告),ソーシャルビジネスの地方展開に関わる考察(石丸報告),中小企業(スモールビジネス)支援と企業同士の学び合い(平報告),サテライトオフィス誘致を契機にした地域活性化(小田,遠藤,藤田報告)という順にプログラムを編成している。さまざまなご意見を頂戴したい。
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