日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P136
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発表要旨
ベトナム ・ メコンデルタにおける節水型稲作灌漑技術の普及状況に関する空間自己相関分析
*山口 哲由LUU Minh Tuan
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抄録

アジアの水稲栽培地域では水供給の不安定化が問題化しているが,Alternate Wetting and Drying(AWD)は,水田の湛水期間を短縮することで灌漑用水量を削減できる環境親和的な技術であり,アジア諸国ではこの技術の普及を試みられてきたが,普及が進む地域は限られている。ベトナム・メコンデルタに位置するアンジャン省は,AWDの普及が比較的進む地域の一つであるが,地域内部での普及の進展状況にはかなりの差がみられる。そこで筆者らは,アンジャン省におけるAWD普及の制約要因を明らかにするため,2015年のコミューンごとのAWD普及率の統計資料を従属変数として探索的データ解析をおこない,水路密度や雨期の稲作実施率などが説明変数として影響することを明らかにした。本研究では,空間自己相関の手法を用い,これらの説明変数がAWDの普及率に及ぼす効果を具体的に明らかにするための分析をおこなった。

空間自己相関とは,空間的に近傍するデータ間の相関関係を指す。類似した値をもつデータが集合している場合には「正の空間的自己相関があり」,逆の場合には「負の空間的自己相関がある」と表現される。また,空間的な位置情報を有するデータを用いて回帰分析をおこなった際, 回帰残渣が空間的自己相関を有する(残渣の空間的な独立性が満たされていない)場合には変数の効果の大きさ等を誤って推定する原因になるとされる。

Global Moran's I(GMI)はMoran's I統計量は空間自己相関に関する代表的な指標の一つであるが,GMIは-1〜1の値をとり,1に近いほど正の空間的自己相関が強い状況を,-1に近い場合には負の空間的自己相関が強い状況を指す。アンジャン省で境界を接するコミューン同士を近傍するとみなした場合,コミューンごとのAWD普及率に関するGMIは0.49(p<0.01)であり,類似した普及率を持つコミューンがまとまって存在する傾向を示した。

コミューンごとのAWD普及率を従属変数(y),AWDとの関連が予想される要素を独立変数(X)としてステップワイズ法による重回帰分析(OLS:Ordinary Least Squares regression)をおこなったところ,a.省中心区のコミューン;b.水路密度;c.中位田割合;d.雨期の稲作実施率という4つの有意な独立変数が得られた。ただし,OLSの回帰残差(観測値-推定値)のGMIを推定したところ,回帰残渣の分布には空間自己相関があり(GMI=0.21;p<0.01),その空間的な独立性は満たされていなかった。

そこで,空間自己相関を考慮したモデルの一つとして空間自己回帰モデル(Spatial Lag Model:SLM)を用いてさらねる検証をおこなった。SLMは,OLSと類似しているが,ρ(空間自己回帰パラメータ)とW(空間重み付け行列)からなる空間ラグ項が加わる点が異なっている。SLMを用いた場合の回帰残渣のGMIを推定したところ,有意な空間自己相関はみられず,回帰残渣の独立性が満たされていた。また,AICと決定係数という評価基準からみてもSLMはOLSよりも精度の向上がみられた。OLSとSLMにおける独立変数の効果の大きさを比較したところ,a.省中心区のコミューン,b.水路密度,c.中位田割合の係数がOLSよりもSLMの方がいずれの変数でも小さくなっており,OLSでは変数の効果を過剰に評価している可能性が示唆された。

これらの二つのモデルの比較により,アンジャン省におけるAWD普及の制限要因を分析する際には,空間自己相関を考慮したモデルの方がより精度の高いと考えられた。

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